7
・母親との確執と引っ越し
【夢主視点】
「何だ、アンタ帰ってきたの」
玄関を開けると、タイミング悪く母親と遭遇してしまった。
彼女は俺を見るなり眉間にシワを寄せ、"自慢の美貌"を歪ませる。
気分は悪いが、いつも通り大人しくしていればいい。
ここで"ただいま"なんて言おうものなら、灰皿が飛んで来かねない。
最近はほとんどなくなったが、以前はよく俺の顔が気にくわないとかなんとかで殴られていたことは記憶に新しい。
なくなったとは言っても、俺の、というか男の腕力に敵わないことに気付いて、暴力から暴言に変わっただけだ。
それでも殴られるよりはマシだなんて思っていたが、類は友を呼ぶというのは本当らしく、今度は彼女の連れて来た見知らぬ男に殴られる始末だった。
正直、母親に殴られるより腹が立つ。単純な腕力もそうだが、まずお前は誰なんだと――仮にも自宅で、理不尽に肩身の狭い思いをするのが納得できなかった。
相手も顔を殴れば――特に俺みたいな目立つ顔の奴は――すぐ他人にバレることがわかっているんだろう、殴る蹴るはいつも腹や背中ばかりだった。
……ともあれ、今家にいるのは母親だけらしい。
夜7時、いつもなら彼女は男漁りに繰り出している頃だと思って来てみたが、運が悪い。
俺はといえば、もう本格的に明智の家に転がり込もうとしていて、ここに残っている荷物を回収しに来ていた。
明智に正式に許可を取ったわけではないが、逃げ場を見つけた以上こんなところに留まっているのはごめんだった。炊事洗濯掃除なんでもやるから住ませてくれと、これから頼む予定だ。
多分、了承してくれるはず。実際俺が掃除するまで明智の家は微妙に散らかっていたし、料理をしたような痕跡もない。さすがに洗濯はしていたようだがやってもらう方が楽だろう。
俺としてもここを出て行けるなら家事くらい喜んでする。
それに彼女も俺の顔なんて見たくないだろうし。
とりあえず申し訳なさそうな表情をしておいて、彼女の横を通り過ぎる。
一応俺の部屋となっている物置のような場所から見つかる限りの私物を鞄に詰め込んだ。
荷物をまとめ終わって、やや高揚する気持ちを抑えつつ再び玄関に向かう。
「……アンタさ、家出てく気?」
「うん」
返事をすべきか迷ったが、どうせもう会うこともないだろうし、どうでもいいかと思って普通に答えておいた。
「ふうん……ありがとね、裕斗」
嫌味な笑みを浮かべながら、そう言われた。今度こそ返す言葉なんてなく、視線もよこさずに家――だった場所を出た。
玄関の閉まる音がやけに廊下に響く。
"ありがとう"なんて、彼女には初めて言われた。名前を呼ばれたのも初めて……な気がする。だけど、人から聞くような、気持ちの良いものじゃないんだな。
念願叶って家を出られたというのに、さっきまで高揚していたのが嘘のように晴れない気持ちと、何故かツンと熱くなる鼻頭やら目頭やらを無視して、ここから少し離れた明智の家へと向かった。