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・奥村家の使用人くん
*シリアスは出会い〜加入くらいまでのイメージ
*加入後はほのぼのだったりギャグだったり甘だったり
9/17(土) 夜
メメントスで怪盗団の面々を撒いてきた春とモルガナは、渋谷の路地を歩いていた。
少し先を歩く、先程までの彼ら――主に竜司だが――の態度に腹を立てたモルガナ。それについていこうと春が歩き出すと、同時にスマホの着信音が鳴った。
画面を見れば、表示されている名前は"登坂裕斗"。チャットはともかく、滅多に電話なんてしてこない裕斗からの着信に驚き、気付けば春は応答ボタンを押していた。
「も、もしもし? 裕斗く――」
『お嬢様! 今どこにいるんですか!?』
「えっ? えっと……」
電話の向こうからの鬼気迫る声に、慌てて目についた建物を告げる春。
『すぐ向かいます。そこから動かないで!』
「ま、待って裕斗くん、私たち今から帰――」
春の返答を待たず通話は切られてしまい、肩を落とした。
このまま帰れば裕斗とすれ違いになってしまう。
「どうした、ハル?」
「モナちゃん……それが、裕斗んが迎えにくるみたいで」
「裕斗が? ここにくるのか?」
「うん。断る前に電話切られちゃった」
「じゃあ、ここで待ってた方がいいかもな」
モルガナと春がそんなことを話していると、白いスーツを着た身なりの良い男が1人こちらに近づいてくるのを見つけ、春は思わず後ずさる。
「こんなに探し回らせやがって……電話も通じない所で何をしていた。男と夜遊びか? そうなんだろ?」
そう一気に捲し立てるように言ったその男は、裕斗よりも着信件数の多かった杉村だった。
「夜遊びなんて、そんな……!」
「楽しいこと、僕にもしてくれよ? なあ?」
謂れのない非難に春は否定をしたが、腕を掴まれて逃げられなくなってしまう。
「痛……っ!」
「ハルっ!? てめ……! ハルから離れろ!」
痛がる春を見たモルガナが杉村の足に飛びつき抵抗していると、杉村の後ろからこちらに駆け寄ってくる人影が見えた。
「お嬢様! っ、杉村様、どうしてここに――」
裕斗は状況をすぐには飲み込めずにいたが、杉村は裕斗を見るなり表情をさらに険しくする。
「登坂か、君も彼女に何か――、何だこの……クソ猫が!!」
中々離れないモルガナに怒る杉村は、その小さな身体を蹴り飛ばし、コンクリートの壁に激突させた。
「モナちゃんっ!」
うめき声と共に地面に横たわったモルガナに春が駆け寄ろうとしたが、杉村は再び春の腕を掴み、先ほどと同じような文言を繰り返した。
「杉村様、どうされたんですか!? 落ち着いてください!」
モルガナへの行動も含めその非道さを見過ごせず、裕斗は春と杉村の間に割って入る。
春を背にかばった裕斗だったが、杉村は構わず押しのけようとする。裕斗がそれに抵抗していると、杉村の怒りも増大していく。
「この……使用人風情が!」
ついに手を上げた杉村は裕斗の左頬を殴り、バランスを崩し膝をついたところで腹にも蹴りをいれていく。
「ぐ、――っ」
「裕斗くんっ!」
うめくような声にならない声を上げながらうずくまる裕斗に、春はたまらずかばおうとしたが、裕斗はそれを断った。
「下がっ、て、ください……も、モナさん連れて、先に帰っ――い"っ」
「そんなこと……っ」
腹を押さえて前かがみに膝をついていた裕斗の胸倉を掴んだ杉村は、もはや春を連れ帰ることよりも八つ当たりに気が向いているらしく、怒り任せにもう一発裕斗の顔を殴った。
「やめて、やめてください……!」
「――奥村さんっ!」
春がどうすることもできず立ち尽くしていると、またしてもこの場に駆け付ける人影が現れた。
道端に倒れたモルガナを見つけた双葉が声を上げると、竜司は杉村に向かっていく。
「てめえ、俺の仲間に何してる!?」
それ見た杉村は飽きたかのように裕斗の胸倉から手を離す。裕斗はその場に崩れ落ち、春はすぐに彼の身体を支えた。
「お騒がせして悪かったね。フィアンセとの……ただの痴話ゲンカだ」
「フィ……え? で、でも奥村さん嫌がってんじゃん! てか、そっちの男の人は!?」
杉村の言葉に驚く杏は、裕斗の方に目を向けた。
「……よくも恥をかかせてくれたな。これ、奥村さんにも報告しとかないと。……その顔、覚えたぞ?」
それだけ言うと、杉村は去って行った。
「奥村さん、大丈夫?」
「私より裕斗くんとモナちゃんが……」
「どうってことねえって……裕斗の方がヒドい目に遭ってるんだ」
「裕斗くん、しっかりして……!」
春が呼びかけると、裕斗はゆっくり顔を上げる。その顔を見た真は思い出したように聞いた。
「裕斗って、もしかして登坂くん?」
「え……? ああ、新島さん……どうも」
力なく片手を上げて挨拶する裕斗。
「真、この人と知り合いなの?」
「去年、同じクラスだったの。それよりどうして登坂くんがここに……」
「待って。その、登坂さんたちの手当てを先にしよう」
思いがけない状況に次々と疑問が出てくるが、暁は一旦制止し、そう提案した。
「ワガハイからも頼む。さっきまでのことは、その……謝る。だから……少しハルと裕斗を休ませてやってくれないか?」
「たりめーだろ。おまえん家、いいよな?」
竜司の確認に、暁はもちろん頷いた。
なんとか立ち上がった裕斗は暁と竜司に肩を貸してもらい、ルブラン屋根裏に向かった。
「さっきの人、本当に婚約者なの?」
歩きながら、真の質問に頷く春。
「ただのケンカって感じじゃなかったけど……? 親に相談した方がよくない?」
「……無駄だと思う。『土下座してでも許してもらえ』って、そんな風に言われるだけ……。裕斗くんだって、どうなるか……!」
耐えきれず泣き出してしまった春に、裕斗はハンカチを差し出す。
「……僕の処遇など、お嬢様が気にされることではありません」
それからフォローを入れようとしたが、うまい言葉が見つからず――というか、杉村に反抗したことで立場が危ういのは事実だったため、語尾は小さくしぼんでいった。