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【総司視点】8/3
「総司、お前、久慈川裕斗って知ってるか?」
夕食を食べ終わった後、菜々子が風呂に向かうなり、叔父さんに突然そんなことを言われた。
「アイドルの、ですよね。彼がどうかしたんですか?」
「ああ。まあその……今、稲羽に帰省中らしいんだが、昨日の夕方頃から連絡が取れないらしくてな。今朝早く母親が署に来たんだ」
「えっ、それって――」
「まあ、何も知らないならいい。アイドルってことで立場もあるしな、何でもいいから情報が欲しかったんだが……。ああ、このことは他言無用だ、いいな」
「あの、俺、一昨日久慈川さんに会いました」
珍しく仕事の話を振ってきたかと思えば、勝手に話を終わらせようとする叔父さんを引き留める。
「……何?」
「花村と里中といるときに偶然会ったんです。鮫川の河原にいて、それで、里中が久慈川さんと知り合いだったのでそのあと一緒にジュネスに行きました」
「その時、久慈川に変わった様子は?」
「いえ、特に何もなかったと思いますけど……」
しかし久慈川さんはテレビ報道されているといっても現役のアイドルだ。以前から時々姿を見ることはあった。
だから予想していなかったのだ。彼がテレビに入れられる可能性があることに。
……とにかく、今夜のマヨナカテレビをチェックしなければ。
叔父さんとの話はそこまでにして、久慈川さんのことは伏せつつ今夜のテレビのことを仲間達に連絡した。
*****
結果から言えば、テレビは映らなかったと言ってもいい。
いや、人影らしきものは映っていたし、背格好は久慈川さんに近い男のものだった。
しかし今までの話からすると、これだとまだ久慈川さんはテレビに入れられてないんじゃないだろうか。
バラエティ番組のようなものはおろか顔すらまとも映っていない、山野アナや小西先輩のときと同じような不鮮明な映像だ。
『もしもし。なあ、アレ、また誰か狙われてるってことだよな……?』
一応と言って電話をかけてきた花村もやや困惑気味だった。
「ああ、けど今は久保が入ってるのに、同時に2人も……?」
『そうなんだよな。瀬多は、誰だったか心当たりないか?』
久慈川さんの行方不明の情報は、叔父さんに言われた通り他言無用にするべきだ。しかし……。
「…………久慈川さん」
『えっ!? でも、テレビには――って、いつも出てるか……そっか、特別報道されてなくても出てるモンは出てんだよな。帰省中でこの辺じゃ話題になってたし』
「あと、叔父さんから聞いたんだけど、久慈川さん……昨日から家族と連絡取れてないらしいんだ」
『はぁ!? いや、それ、確定だろ!!』
「……俺もそう思う。けど、さっきのテレビ、今までみたいな鮮明なやつじゃなかったから、どういうことなんだろうと思って」
『確かにな……とりあえず明日、朝一で集まろうぜ。いいよな?』
「ああ。みんなには連絡しておく」
花村には久慈川さんのことは他言無用だと念を押しておき、電話を切った。
みんなには明日の集合のことは連絡するが、これ以上久慈川さんの情報は広めない方がいいだろう。
*****
「昨日のマヨナカテレビ、誰だったかわかる?」
「あー、そのことな……」
里中の問いに花村が答える――と思いきや、いきなり俺の方を向いた。バトンタッチが早い。
「その、心当たりはあるんだけど……ここじゃ、ちょっと」
あたりを見回すと、朝とはいえそこそこ人が多い。
「あっ、それもそうか。んじゃ、早速行こうぜ」
わけ知り顔でさっさと話を進める俺と花村に、みんなは不思議そうな表情を見せたが、とりあえずテレビの中を探せばわかると思ったのだろう、特に異論は出なかった。
テレビに入るなり、話の続きを急かされた。
「昨日の夜、叔父さんに聞いた話なんだけど……久慈川さんの行方がわからないらしくて、母親が稲羽署に来たって」
「やっぱり……」
不安げな表情のりせはそう言った。
*****
りせは入口広場の少し離れたところに移動し、ペルソナを呼んだ。
「ヒミコ、お願い……!」
しばらく探索を続けていたりせだったが、やがてその表情は不安げなものから困惑に変わった。
「あれ……?」
「どうした、りせ」
「うん……テレビの中に誰かいるっていうのはわかるんだけど、なんか、その反応が移動してるの。なんだろう、すごく強い反応だけど――って、待って、こっちに向かって来てる……!?」
りせの言葉に仲間達は驚く。
念のため武器を構え、りせが探知した反応が向かってきているという方向を見る。
メガネをかけているとはいえ、遠くの霧までは見通せない。
だが、広場から伸びている橋のような場所の1つに、何か人影のようなものが見えてきた。その方向はまだ俺たちも向かったことがないところだ。
「はぁ、はぁ……うわ、なんだ、ここ……」
手すりに掴まりながら、息を切らして疲れた様子のその人影は、やはりと言うべきか、久慈川さんのものだった。
「裕斗兄!?」
りせが驚いて呼ぶと、久慈川さんは俺たちのいる方を見た。
しかし、彼はメガネをかけておらず霧のせいでよく見えていないのか、武器――どこかで拾ったのだろうか、鉄パイプを持っている――を構えながらこちらに近づいてくる。
「りせ……!? っ、なんでこんなところに」
やっと彼からも見えるところまで近づいてくると、りせや俺たちを見て、今度は彼が驚いているようだった。
だがそれも一瞬のことで、久慈川さんの表情は焦ったようなものに変わった。
「りせ、それにみんなも、ここにいたら危な――」
言い終わる前に久慈川さんはその場に片膝をついて崩れ落ちるように座り込んだ。テレビの中にいたことで消耗しているのだろう。
「久慈川さん! 大丈夫ですか?」
倒れてしまわないように支えつつ、クマが出しっぱなしにしている出口用のテレビの近くまで久慈川さんを運んだ。
聞きたいことは色々あるが、とにかく外に出るのが先だ。
俺と花村で久慈川さんを両脇から支え、ジュネス店内へ戻った。
*****
「大丈夫っすか……?」
花村が声をかけると、ややだるそうにしながらも返事を返した久慈川さん。
「うん、なんとか……って、ここ……ジュネス?」
当たり前だが、状況を飲み込めていないみたいだった。
後から戻ってきた他のメンバーも連れて、フードコートへ向かった。
「あの、久慈川さん……何があったのか、聞いてもいいですか?」
「あ、うん……でも、あんまり記憶がはっきりしてなくて……気づいたらもう、あの霧の中にいたよ」
「やっぱり、私たちと同じ……」
天城がそう言い、実際被害に遭った完二やりせも頷く。
「裕斗兄、"もう一人の自分"には会ったの?」
「"もう一人の自分"って……?」
「その、自分と同じ姿をしたシャドウ、なんだけど……うーん、何て言えばいいのかな」
「シャドウ? やっぱりあれは……」
急に表情を険しくさせた久慈川さんに、りせも俺たちも驚く。
彼の言い方は明らかにシャドウの存在を知っている言い方だ。
「キミは、シャドウのこと知ってるクマか?」
着ぐるみを脱いで人の姿をしているクマは、久慈川さんにそう聞いた。
「っ、ああ……知ってる、けど……その反応、皆も知ってるんだよね?」
「な、なんで久慈川くんがシャドウのこと知ってるの? 自分のシャドウには会ってないんだよね?」
里中がそう聞くが、その質問に久慈川さんは戸惑うようなしぐさを見せた。
「ごめん、それは……よくわからない」
「よくわからないって――」
「ちょっと待って。みんな、一旦落ち着こう」
今すぐにでも話をはっきりさせたいところだが、ここはジュネスのフードコートだ。言い合いをしていては人目を集めてしまうし、そうすれば久慈川さんがいることもバレてしまう。
「場所を移そう」
「ああ、そうだな……つっても、集まれるとこ、どっかあったか……?」
*****
マル久豆腐店
久慈川さんの自室で話し合いをすることになった。
「どうぞ。ちょっと狭いけど」
部屋そのものは決して狭くないはずだが、この人数ともなるとさすがに密度の高さを感じる。
「あの、久慈川さん、押しかけておいて言うのもアレですけど、身体大丈夫ですか? テレビの中にいて消耗してるだろうし……」
「え? ああ、まあ、ちょっと疲れたけど、大丈夫」
*****
「裕斗兄はシャドウを知ってるんだよね。どこで知ったの?」
「……2年前。なんていうか、その、ある事件が起きててさ、それにシャドウが関わってた」
「それって、今起きてるような連続誘拐殺人事件?」
「いや、"無気力症"っていうのが流行ってたんだ。その原因がシャドウだっていうのは、一般には知られてないんだけど。……って、誘拐殺人? そんなことが起こってたの?」
「あ、知らなかったんだ。良かった……久慈川さん犯人説はこれでナシだな」
「ちょっと花村先輩! 裕斗兄がそんなことするわけないから!」
「い、いやわかってるって! でもよ、誘拐されたとはいえ一人であの世界にいて無事だったし、シャドウのことも知ってたし……」
「もしかして、その誘拐殺人にあの霧の世界が使われてるってこと? シャドウに人を殺させて……?」
「はい。あの世界に普通の人が入ると、自分のシャドウが現れて、そいつに殺されてしまうんです」
「でも久慈川くん、自分のシャドウには会ってないんだよね。ペルソナは持ってないってこと?」
「や、ペルソナも無しに入口広場まで戻ってくんの、無理じゃねっスか……?」
完二の疑問はもっともだ。いくら自分のシャドウに会っていないとはいえ、あの世界にはいるだけで体力を消耗する。それに霧も濃く、落とされた場所からの道なんてわからないだろう。
しかしその割に久慈川さんは予想していたよりも元気そうだ。
「その、さっきからみんなが言ってる"自分のシャドウ"って、何なのか教えてもらえないかな。その辺にいたシャドウとは別物なんだよね?」
「そうクマ。自分のシャドウっちゅーんは、普段は抑圧されてる、"認めたくない自分"のことクマよ」
「そいつを認めてやることで、シャドウを制御してペルソナにするんです」
俺たちの説明を聞いていた久慈川さんはやや怪訝そうな顔をしていた。
「そっか……やっぱり、僕たちのとは少し違うみたいだ」
「それって、どういう……?」
「僕もペルソナ使いなんだ。でも、それはたまたま適性があったからで、自分からシャドウが出たりはしなかった」
*****
・共闘
夏休み中の期間限定で特捜隊の仲間となった裕斗さん。
今日はテレビの中にいる久保を見つけ出すため、一緒に探索に来てもらっている。