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【裕斗視点】7/31
夏休み5日目。今日はそろそろ休み明けに迫る新曲発売に向けての準備だ。
昨日は宿題を少し片づけてから家でダンスの練習をしていたら、勢い余って障子を破ってしまい、怒られた。ものすごく怒られた。張り替えたばかりだったらしい。
もっと広いところでやりなさいと祖母に言われ、やってきたのが鮫川の河川敷だ。
夏休みだし、子供がいたりするかと思ったけど、釣りをしているおじいさんやおそらく日向ぼっこをしているおばあさんくらいで、意外と人が少なかった。ここなら気にせず練習できるだろう。
振り付けは大体頭に入っているから、曲に合わせて踊れるようになるのがまず大前提だ。
僕はあまりダンスは得意ではないから、他のメンバーの足を引っ張らないようにしなければ。
イヤホンを付けてしばらく練習していると、昼過ぎだからかだんだん陽射しが強くなってきた。
少し休憩しようと思い息を吐くと、ふと視線を感じた。
振り向くと、土手の方からこちらを見ている高校生くらいの男女3人が見えた。
今日は変装もしていないし、さすがに無防備すぎたかと思ったが、その3人の中に見知った顔があった。
「あっ、里中さん」
ほとんど無意識に里中さんに向かって手を振っていた。
彼女は驚いた様子だったが、控えめながら手を振り返してくれた。
すると一緒にいた男子の1人が騒ぎ始めた。何やら詰め寄るようにしているが、どうしたんだろう。
首を傾げて様子を見ていると、里中さん達はこちらに下りてくるようだ。
「ほ、本物……?」
さっき里中さんに詰め寄っていた茶髪くんは僕を見てそう言った。アイドルとしての僕を知っていたらしい。
「えっと、久慈川くん、一昨日ぶりだね」
「うん。偶然だね。そっちのみんなは友達?」
「う、うん、そんなとこ」
「いやいやいや何フツーに話してんだよ!?」
里中さんと挨拶していると、茶髪くんが遮るようにツッコミを入れてきた。
「えっ、ていうか、里中お前、久慈川裕斗と知り合いだったのかよ!?」
「知り合いっていうか、その……」
里中さんは言い淀んだ。
「友達だよ」
僕がそう言うと、里中さんを含めた全員が固まってしまった。
「久慈川裕斗って、あの、アイドルの、ですよね?」
今まで後ろで様子を窺っていた銀髪くんが聞いた。
「あ、うん、一応アイドルやってます、久慈川裕斗です。えと、よろしく……」
自分でアイドルって名乗るの、結構恥ずかしいな。
「里中さんとは、一昨日知り合ったんだ。ジュネスでたまたま会って……」
「え、それって逆ナン――」
「してないっつの!!」
茶髪くんがものすごい顔で里中さんに聞くと、言い終わる前に否定が入った。
*****
「せっかくだし、久慈川さんも一緒に来ませんか?」
瀬多君が"いいこと思いついた"とでも言わんばかりの笑顔でそう提案した。
「えっ!?」
と、僕が反応する前にそう言ったのは里中さんで……もしかして、あまり乗り気じゃなかったりするんだろうか。だとしたら若干ヘコむ。
「誘ってくれるのは嬉しいけど、僕がいきなり行ったら迷惑じゃない? その、後で合流するっていう子たちも初対面だし……」
「ああ、その辺は大丈夫っすよ。なんてったって"りせちー"がいるんで」
「! 里中さんたち、りせと友達なの?」
驚いた。
アイドル活動を休業して八十稲羽に帰る、ということは以前りせから相談を受けたことがあった。
その時の様子は相当疲れているというか、まあ表現しづらいが、そんな感じだったから、夏休みに友達と集まって遊んでいるとは思っていなかったのだ。
「久慈川くん、りせちゃんのこと知ってるの――って、そっか、アイドル同士接点あったのか」
「え? あ、いや……りせと僕、兄妹だから」
「兄妹ぃ!?」
花村君がやや過剰に驚いた反応を見せた。
*****
「ちょっと二人とも、久慈川くんだって予定あるだろうし、急に誘っちゃ悪いっしょ……」
「んだよ里中、こんなチャンス滅多にねえだろ? これを機に玉の輿でも狙っとけって!」
調子良くそう言った花村君は、直後里中さんに蹴りを食らっていた。痛そうだ。
しかし瀬多君が"やれやれ"といった表情を浮かべているあたり、いつものことなんだろう。
活発そうな見た目通り、運動神経も良いんだな。
「僕は大丈夫だよ。ありがと、里中さん。迷惑じゃなければ、僕も一緒に行ってもいいかな?」