▼▲▼
「ただいま〜‥」
誰もいない家の真っ暗な玄関に、カチャ、と鍵を置く音だけが響いた。冬は特にシンとした空気が、ああひとりだな、なんて感じさせる。
帰ったらすぐに電気をつけて、とりあえずスーツをハンガーにかけて買ってきたコンビニのごはんを温めてる間にシャワーを浴びる。
それが私のルーティーンになっていた。
「あ、英二からラインきてた」
携帯を見れるのも、シャワーを浴びた後ごはんを食べながら。
(仕事終わったよ!
今日も遅い?)
無機質な文字が送られてきていたのは
2時間も前だった。
(今帰ってきたよ
連絡おそくなってごめんね)
ラインのやりとりは
毎日同じような内容ばかりだ。
仕事をし始めてから、
英二との時間が格段に減った。
大学から付き合い始めた私たちは、人生のモラトリアムを思う存分楽しんでいたと思う。お互いに一人暮らしだったのもあって、毎日私の家(キレイだし、調味料とか私の家に揃ってたし)で、それはもう甘くしあわせな時間だった。
朝起きたら英二が隣にいるのは当たり前で時々授業サボってふたりでテニスしたのも楽しかったな。夜ごはんのお買い物は一緒に行って、カフェで出てくるようなお洒落なごはんを目指して作ったっけ。
学生時代に撮った英二との写真を見返しながら、仕事終わりのこのごはんを食べる時間が、最近の私の唯一の楽しみになっていた。
「楽しかったなあ」
思い出すと心が温かくなるのはやっぱり英二が大好きだからだ。
そんな大好きな英二ともう一ヶ月も会えていない。仕事柄、休みが合わないのもいけない。仕事の時間も英二は朝が早くて終わりも早い。私は朝が遅くて終わりが遅い。
「もう寝ちゃったかな英二」
ラインの返事はないままだ。
そりゃそうだよね、明日も早いし。
大きなため息をついた時だった。
ピンポーン
あまり使われたことのないインターホンが鳴った。え、うそ。もう12時だよ。
こんな時間に誰か来るとか、そんなことある?思い当たるのは英二くらいしかいないけど‥まさか、
はやる心臓に、にやける頬。英二じゃない可能性だってあるのに、なぜだか英二である確信しかなかった。
ほら。
ガチャリ。
やけに響く扉を開ける音。
いつもの大好きな大好きなあの笑顔。
「えー‥じぃ、」
「来ちゃった」
「会いたかった、」
「オレも。なんか名前に会ってないと力でなくてさ」
そう言ってぎゅっと抱きしめられると、今までの不安とか寂しさが全てどこかにふっとっんでいってしまった。
でも心なしかいつもの英二より少しションボリ気味。チャームポイントの外ハネも元気がない。
「えーじなんか元気ない?」
「当たり前だろー!もう何日会ってないと思ってるんだよ」
「明日仕事じゃないの?」
「仕事。でももう無理だもんねオレ。充電切れちった」
だからね、オレ決めてるんだ。
今日は一晩中名前を抱きしめて
寝させてよ。
そう言って軽く私を持ち上げてベッドまで運ぶ君はまるで王子様。
あったかい布団にふたりで入れば、狭いはずなのに、なんでこんなに安心するんだろう。大きな目を優しく細めて私を見つめる英二をずっと見ていたいのに、まぶたはどんどん落ちていく。
「名前の髪の毛、さらさらだにゃ」
「ん」
「今日も疲れた?」
「うん」
「そかぁ。名前も頑張ってるんだね」
「私ね、家に帰ってきたらえーじとの写真を見返すの。そしたら頑張れるんだ」
「‥っ、そんなかわいいこと言うなんて反則だぞ」
英二の声、体温、息遣い、仕草
全部がずっと続けばいいのになあ。
微睡みの中、だいすきだよと英二の声が聞こえた気がして、私もだいすきって言いたかったのにうまく声にならなかった。
起きたらいっぱい伝えよう。
私が眠りにつくまで
ずっとずっと
英二は頭を撫でてくれていた。
◆
「ん‥」
いつもの時間に目が覚めると
隣に英二はいなかった。
「ゆめ、か」
昨日英二が来たのは夢だったのかもしれない。会いたすぎて夢に出てくるって私も相当やられてるのかも。
朝から泣くのはやめたい。目も腫れるし化粧できない。とりあえずコーヒーでも飲もう。そう思ってリビングに向かった。
いつものダイニングテーブル。
あー、しまった。
昨日の食べかけのご飯片付けてない。
「あれ?」
ところが予想したものとは違うものが
テーブルの上にぽつんと置いてあった。
それは、小さな白い紙。
「、っばか、」
朝から泣くのはやめたかったのに。
「夢じゃなかったんだね」
そこにはちゃんと英二がいた証が残っていた。少し汚い字と、添えられた英二の似顔絵。こんな小さなノートの切れ端にたくさんの幸せを詰め混んでくれた英二はすごいや。
名前のおかげで充電完了!
でも、やっぱりずっと一緒にいたいから、
今度家見に行きたいな〜なんて。
考えといて!
オレは本気だよ!
昨日はありがとねん。
だいすきだよ
えーじ
◆
「名前、そろそろ起きたかにゃ〜」
本当は起こして、行ってきますしたかったけど気持ち良さそうな寝顔見たら起こせなかったな。でも寝顔見れただけでこんな幸せいっぱいになるなんてオレやばいかも。
社会人になって名前との時間取れなくて、正直ツラかったけど、名前の存在の大きさを感じられる時間だったし、それも良かったかなって思ってる。
今まで会えなくて寂しい思いさせた分
これからはたくさん笑わせてあげたくて、手紙を書いた。
もうそろそろ起きて手紙見た頃かな。
なんて返事が来るだろう。
スーツの胸ポケットの携帯が震えた。
ラインを開くと、今日書き置きした手紙をもって、片手で丸サインを作った名前の自撮りが送られてきていた。
「っ、うし!」
写真の名前は
寝起きだしすっぴんだし涙目だし
なのになのに、
ああ、かわいいなぁ。
今日も仕事、頑張るぞー!
▲▼▲
- 1 -