笑ってみようよ(秋山)
こんな街で、特殊な商売をしているんだからしょうがないのかもしれないけど、りんちゃんは滅多に笑顔を見せない。
無表情と言うわけでもなく、驚いたり怒ったり呆れたりはよく見る。
あ、あと、目上の人への愛想笑いをしてるのもみたことあるな。
しかし、にこにこと笑うのは一度もみたことないかもしれない。
何で急にこんなことを考えたかと言えば、ついさっき、そのりんちゃんが知らない男の隣で普通に笑っていたからだったりする。
顔の広い自分が知らない男と言えば、自分とは関係のない世界の人間と言うことだろう。
着ていたセンスのいいスーツも夜の雰囲気はない、会社員のそれだった。
りんちゃんの笑顔が見てみたい。
それは甘酸っぱい気持ちなんかじゃなくてただの興味好奇心だった。
笑わない女、で有名なりんちゃんの笑顔を唯一見た男。
そんな男として名誉な、称号が欲しかっただけだった。
本当、それだけだったはずなのに、どうして自分はこんなにも消失感に襲われているのか。
「この年で、恋に気づかないってどうなの……」
人の波の中、立ち止まって空を仰ぐ。
大きなため息と共に出た独り言は雑踏に紛れて消えた。
失って気が付くなんて、まるで十代のような恋愛に今更胸が苦しくなって、さっき見た自分に向けられることのなかったりんちゃんの笑顔を思い出して目頭が熱くなった。
りんちゃんを泣くほど好きになれてよかったと、自分で自分に強がりを放ち、そっと目を閉じた。
「秋山さん。何してるんですか。こんな所で秋山さんほどの男が立ち止まってたら通行の邪魔ですよ」
「……りんちゃん、俺今、すごくシリアスな気分に浸ってたんだけど、きれいにぶち壊してくれたね」
顔を下に降ろすと、りんちゃんがいつも通りの表情で、いや、少し怪訝そうに俺を見上げていた。
「シリアス?」と、小首を傾げる様子に恋する気持ちを思い出した。
もう遅いとわかっているのに、一秒ごとに好きになっていく。
「りんちゃん、どうしてここに?」
「帰り道ですもん」
「そうじゃなくて、さっきの男は、誰なの」
まるで恋人を問いつめるような言葉に自分が驚く。
しかしりんちゃんは嫌そうな顔をするでもなく「ああ」と声を上げた。
「仕事で知り合った方です」
「その程度? 違うでしょ。あんなに楽しそうにして、りんちゃん笑ってた」
「そりゃ私だって笑います」
「俺に笑顔なんて見せてくれたことないのに。距離も俺の隣歩くよりも近いみたいだったし。そりゃ年の近い普通の仕事してる男の方が魅力的だろうけど」
わかってる。自分がこんなこと言う立場じゃないことは。
それでも、口は止まらず、どんどん嫉妬があふれてくる。
気味悪がられたりうざがられるのが怖い。
しかし、そんな俺の言葉をりんちゃんは笑った。
初めて俺に向けてくれた笑顔に心臓がおかしいほどに高鳴ってしまう。
「普通じゃない仕事してる秋山さんだって十分魅力的ですよ」
俺の心中なんか知らないりんちゃんは笑顔のまま爆弾のような言葉を放った。
今すぐ触れたい。抱き締めたい。
「お世辞でもりんちゃんにそう言ってもらえるのは嬉しいね」
「お世辞ではないです。いつも、笑ってないつもりもないですけど、もしさっき私がいつもと違う表情に見えたなら、秋山さんのこと話してたからかも」
「俺の話?」
「いい人はいないのかって話になったので、好きな人ならいますって、秋山さんのこと話しました」
ふふん。と、得意げに言い放ったりんちゃん。
これは、俺の気持ちまでバレてるんだろう。
りんちゃんの想う人がわかった今、我慢なんて忘れてりんちゃんを正面からがばりと抱き締め、髪を鼻でかき分けた。
「あ、あ、あき、秋山さん! 離して」
「俺のこと好きなら嬉しいでしょ」
「嬉しくないです。恥ずかしい、恥ずかしい!」
「しー。まるで俺が襲ってるみたいじゃないか。静かにしないとキスするよ」
ぴたりと静かになったりんちゃんはぎゅうっと胸に顔を押しつけた。
顔を隠すためとはいえ嬉しい行為に口が緩む。
それと同時にまたしても目の奥が熱くなった。
「ああ、俺泣きそうかもしれない。幸せすぎて、泣く」
「秋山さんが泣くわけないじゃないですか」
「りんちゃんのことになると泣くの。さっきだってりんちゃんに失恋したと思って男泣きしそうになってたんだから」
「あ、シリアスってそれ」
胸にしがみついたままくすくすと笑うりんちゃんを感じて、腕に力を込めた。
自分の格好悪いこともりんちゃんが笑ってくれるならいくらだってさらけ出せる。
「りんちゃんのことが好きすぎて、俺どうにかなっちゃうかも。どうにかなっても好きでいてくれる?」
情けない俺の言葉に、声ではなくりんちゃんは背中に腕を回すことで答えてくれた。
END
20140322
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