暁ランデブー(秋山)
その日りんは仕事の書類整理が終わらず事務所で夜を過ごした。
所長とりんだけという小さい事務所は休日なんかほとんどあってないようなものだったけど、自由にできてりんは気に入っている。
空が白む前の、まだほのかに暗い時間に仕事が終わり、珈琲を飲むために電気ケトルの電源を入れたりんはケトルがお湯を沸かす音をBGMに窓の外と時計を見比べた。
かと思えばカップに大ざっぱにインスタントの粉を入れ、沸いたお湯を注ぐと屋上へ足を向けた。
途中施錠を忘れたことを思いだし慌てて戻ったりはしたが、事務所を出てから屋上の手すりに身を預けるまで随分とのんびりした空気が流れた。
下の通りでヒールにも関わらず早歩きで過ぎてゆく派手な女性を目で追いながらりんの口元が緩む。
この慌ただしい街で自分だけのんびり過ごしている優越感と、これから夜が明け朝日に照らされる様子を一部始終見られる楽しみとが入り交じった表情だった。
「いい朝だねえ」
その声と共に何者かの両手がりんを閉じこめるように手すりに置かれた。
急に投げられた声と背後の気配にりんの肩は大きく跳ねる。
しかし、りんはこの声に聞き覚えがあった。
第一、知り合いでこんなことをするのは一人しかいないと、その人物の名前を口に出した。
「秋山さん?」
確認のためにそっと首だけで振り向いたりんは予想通りの人物であったことに安心しつつも、今までにない近い距離に動揺した。
秋山も、声や行動で自分だと言い当てるりんに喜び、すぐに離れるつもりだった事を忘れそのままりんの目元を親指で触った。
「おはようりんちゃん。目の下少し隈ができてる。もしかして徹夜かい」
「あ、はい。さっき終わったところなんです。秋山さんはどうしてここに?」
「んー……俺も事務所で仮眠取ってたんだけど、まあ、散歩かな。屋上の道が増えてやしないかと思ってさ」
「探検みたいですね」
「男はいくつになってもそういったもんに心躍らされちゃうんだよね。俺のとこの屋上からここに繋がるようになったのも最近なんだよ」
「へえ」
屋上を通路としてなんか使わないりんはここがどこに繋がっていて、どこに出るかなんて知らないし、知ってもしょうがないことだった。
そんなりんの返事にどう思ったのか、それともこの返事事態にはなんも感じていないのか、秋山は穏やかな表情でりんを見つめた。
後ろから抱きしめるような形のまま見つめあうのに耐えられなくなったのはりんのほうで、少し不自然にまだネオンの残る街に視線を向けた。
「りんちゃんはどうして屋上にいたの」
「神室町の日の出を見ようかと思って」
「ロマンチックだねえ。俺もご一緒させてもらっちゃおう」
微かに笑った秋山はりんの隣に移り煙草に火をつけると背と肘を手すりに預けて空に煙を吐き出した。
やっと離れた体温にほっと息を吐きながらも、ほんの少し感じた寂しさを頭から追い出すようにりんはまた真下の通りをのぞきこむ。
すると、あちこちで飲み屋の看板の電気が消され始めていた。
顔を上げると遠くの空は白み始めていて、本来の目的である朝日に照らされる町並みの楽しみを思い出していた。
「りんちゃんを徹夜させるなんて、君のとこの所長くんもひどいよね。俺だったらりんちゃんを事務所に一人になんてさせないよ。俺のところ来たらいいのに」
「秋山さんのところには花ちゃんいるから私が入ったら手が余っちゃいます。それに、今日がお休みだったから、私が自分で残るって言ったんです」
「ふうん」
興味のなさげな声を出した秋山はりんを見るでもなく、朝日を気にするでもなく、ただ足下の自分が捨てた吸い殻を見ていて、そんな秋山を横目にりんはすっかり冷めてしまった珈琲を一気に流し込み朝日が昇るのを待った。
「実はさ、ここを他の屋上と繋がるようにしたの、俺なんだ」
「そうなんですか。なんでまたわざわざそんなこと」
「りんちゃんに、少しでも早く逢いたいからに決まってるでしょ」
ぼそりと呟くように吐き出された秋山の言葉はりんの感嘆の声に消された。
昇る太陽は残念なことにりんたちのいる屋上からは見えなかったが、ビルの隙間やガラスに映る白い光が筋のように届いていた。
ネオン輝く神室町を誰もが綺麗だと言うが、太陽に包まれる神室町も中々に美しい。
まるで、自分の知る街ではないようだと、りんはうっとり息を吐いた。
「へえ……これはバカにできないな」
「ですね。素敵」
くるりと向きを変えた秋山はりんと同じように街を眺めた。
綺麗と騒ぐりんの方が綺麗だ。と、気障な台詞でも吐いてやろうかと思ったが、それは流石に。と思いとどまり、さっき日の出によって遮られてしまった己の言葉を思い出す。
急いで進むべきではないんだと、自分に言い聞かせ、りんの肩を抱き寄せるだけに終わった。
ゆっくり進む恋も悪くはないと考える、二人の想いは一緒だった。
END
20140826
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