心地よい温度(秋山)


「りんちゃーん」

そっと部屋に入ってくる気配に微かに目が覚めた。
そんな私を知ってか知らずか、秋山さんはボリュームを落とした声で私を呼びベッドに腰を下ろし、そしてそのまま倒れ込んで私を布団ごと抱きしめた。

「んーりんちゃん、暖かいなあ」

ぐりぐりと頭をすり寄せる秋山さんからはお酒と、女性物のきつめの香水の香りがする。
キャバクラで飲んで来たのか、自分のお店に顔出したのか、どちらにせよ、女の子と一緒だったことは間違いない。
ほんの少しの腹立たしさから、寝返りを装って秋山さんに背を向けた。

「りんちゃん……」

布団の中に潜り込んだ秋山さんは無理矢理私の頭の下に腕を差し込んで腕枕の形を取ると、空いた手で腰を抱き、項に顔を埋めてそのまま甘く吸いつき始める。
随分甘えてくる秋山さんを酔っていると決めつけて、どきどきしているのを隠すように寝てしまうことにした。

「りんちゃん、好き。好きだよ」

耳元で吐息混じりに囁かれて、体がぴくりと跳ねた。
それと同時に服の中に手が潜り込んでわき腹をするすると撫でられる。

「んんっ」

「好き、りんちゃん。大好き」

だんだんエスカレートする手から逃げる為に勢いよく起きあがって秋山さんを見ると、上半身を起こしながらいやらしい笑みを浮かべていた。

「あれ、起きてたの」

「秋山さん白々しい、わかってたくせに」

「だって、りんちゃん起きたのに、おかえりも言ってくれないでそっぽ向いちゃうんだもん」

「だってはこっちの台詞です。お酒の匂いならまだしも、女の人の移り香ぷんぷんさせて帰ってくるなんて」

「女の子のお店は行ってないよ。いや、半分女の子、かな」

けろっと言い放った秋山さんに、悪びれた風もなくすり寄ってきた理由を納得する。
いわゆるオカマバーとか、そういったところに行っていたらしい。
そりゃこれだけ匂っても後ろめたくないはずだ。

「ごめんね。香水くさかった?」

「ええ、まあ」

「いやな思いさせちゃったね。でも、女の子のお店は付き合いでしかいかないし、匂い移るほど寄り添ったりしないから」

優しく笑った秋山さんにそっと手を差し出された。
困惑して重ねようとした私の手が強めに引っ張られて、痛いと思ったときには、秋山さんに抱きかかえられていた。

「あれ、秋山さん?」

「りんちゃん嫌がってるし、匂い落とすために風呂入るよ。りんちゃんも一緒に入ろう」

「私、寝る前に入りました!」

「いいじゃない何回入っても、悪いことないでしょ。りんちゃんはただ湯船に浸かってればいいから、脱ぐのも着るのも俺がしてあげる」

そういって秋山さんはウインクすると私を抱えたまま脱衣所に向かいだしてしまった。
流石に脱がされるのは嫌だと騒げばそれに関しては諦めてくれて、しょうがなく自分で脱いでさっさと湯船に飛び込んだ。
「じっくり見たかったのに」なんて、口を尖らせる秋山さんに反抗するように足を抱えて少しでも見えないように試みると、苦笑しながらも匂いを落とす準備を始めたのでほっと息吐く。
熱めに沸かしてあったお湯は時間が経った今では少し物足りないくらいに冷めていて、それがさっきまで眠っていた私にはいい温度だった。
なんとか眠らないように秋山さんが体を洗うのを眺めていたら、ひと段落したのか私を見て困ったように笑った。

「湯船で寝たら溺れちゃうぞ」

「わかってます……流石に、寝たりしません」

大丈夫と言いながらも、自分でうつらうつらしているのがわかる。
早く、布団に戻りたい。
布団への恋しさとともに瞼もどんどん重くなっていった。

「全く危なっかしいんだから」

ため息混じりの声、そして、湯船と同じくらいの温度に包まれたのを感じて、私は眠りに落ちた。



「秋山さん! 起きてください。この状況どういうことですか」

朝、目が覚めると下着もつけていない私は、下着だけ着た秋山さんに抱きしめられていた。
手も足も体に絡み付いているのを何とか引きはがし、布団を体に巻いて、最早たたき起こす勢いで揺すると秋山さんの目がゆっくり開いた。

「どういうことって、昨日お風呂で寝ちゃったのりんちゃんでしょ」

「そうですけど、なにか着せてくれてもいいじゃないですか」

「やろうとは思ったさ。だけどかなり手こずっちゃって。寝てるりんちゃんに手は出せないし、そのくせ見放題触り放題で逆に毒だし、面倒になってベッドにつれて来ちゃったよ」

お風呂で寝てしまった私も悪い。
だからこそ、秋山さんの不実な言葉を聞いてもこれ以上非難できなくて、深呼吸をして何とか気持ちを落ち着けた。

「……どうして秋山さんは服着てないんですか」

「りんちゃんだけ裸も可哀想じゃない。それに湯冷めして風邪引いたらいけないなって。ほら、素肌で抱き合う方が暖かいし」

なんだか、あたかも私のためと理由をつけてうまく丸め込まれてる気もする。

「それよりも、りんちゃんだけ布団にくるまってずるい。俺も入れて」

「あ、ちょっと待って、私何か服を」

「いいよそのままで。今日は休みでしょ? ゆっくりしよう」

布団の隙間に手が入って抱き寄せられ、結局起きたときと同じ格好で二度寝に付き合うことになった。
秋山さんの言うとおり、素肌で触れ合ってるところがいつもより暖かいように感じて、布団の隙間から入る冷たい空気から逃げるように秋山さんにすり寄った。

「いいな。りんちゃんは暖かくて、安心する」

ふと、漏らしたそんな言葉が私を心から暖めてくれた。


END


20140516

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