郭嘉とシーシャ*


 仕事後に小洒落たお店で夕飯を軽く済ませた後郭嘉さんに連れられたお店は、今までに入ったことのないような怪しげな雰囲気を出していた。雑居ビルの一角に佇むそのお店の入り口には、"チャージ500円〜" "シーシャ1000円〜"という案内とお店の名前が書かれた黒板が立て掛けられている。この怪しげなお店に足を踏み入れることを考えたら急に不安な気持ちが大きくなって、足を止めてしまった。立ち止まった私に気付いた郭嘉さんは、振り返ると「大丈夫だよ」とひとこと言い、すっと腰に手を回して店の中へと誘導していった。郭嘉さん越しに見える店内はやはり思っていた通りとても異様な光景で、たくさんの人が脱力した格好でシーシャを吸っている。店内を照らすトルコランプが煙でぼやけた空間を照らしていて、不思議だけどすごく綺麗な空間だなと思った。そんなことを考えていたらまた郭嘉さんに腰を引かれて奥の方にあったソファ席に案内された。借りてきた猫のようにソファの端の方で固まっていると、フレーバー一覧の載っているメニューを広げてくれた。

「どんなフレーバーをご所望かな?」

 メニューを受け取り、たくさん羅列された文字を追う。バニラのような甘いもからハーブのようなさっぱりしたものまで色々な種類があるようだ。その中でもフルーツのフレーバーが特に多いと感じた。悩んだ末に、初めてということも考慮して吸いやすそうなバニラを指差した。

「随分と甘いものを選んだね。貴方にしては珍しい」
「初めてだから甘い物の方が吸いやすいかなと思ったので。お酒も甘い方が飲みやすいじゃないですか」
「シーシャは香りを楽しむものだから、貴方の味わいたいフレーバーを選んでいいんだよ」

 そう言われてなるほどなと思ったけど、一度バニラと決めたら今はバニラ味を吸いたくて仕方がなくなってきた。香水などではバニラの様な甘い香りを選ぶことなんて滅多にないのに、初めてということもあって甘さに頼りたい気持ちが勝っていた。バニラで大丈夫ですと答えると、郭嘉さんは微笑みながら頷いて、店員さんを呼んだ。
 程なくして大きなシーシャが運ばれてきた。店内に入った時に実物を見て大きいなとは思ったけど、目の前にきたものを見ると、改めて大きく感じる。店員さんが微調整を行い、パイプを郭嘉さんに渡した。郭嘉さんは慣れた様子でパイプを吸うと、シーシャからボコボコという音がした。よく響くその音を聞いていたら、郭嘉さんがゆっくりと煙を吐き出した。その直後に、ほのかに甘い香りが広がった。

「こんな風に吸って吐くだけだよ。とても簡単なんだ」

 パイプを渡されて、いざ挑戦してみる。見よう見まねで少しだけ吸ってみたら、煙がたくさん入ってきてびっくりしてしまい、むせた。咳に混じって少量の煙が出て、同時にバニラの甘い香りが口の中に広がった。

「初めてだと驚いてむせてしまうよね。やり方は合っているから、もう一回吸ってみて」

 郭嘉さんに言われるままに、もう一度マウスピースを咥え、先程よりも大きく吸い込んだ。そうしたら、郭嘉さんが吸った時みたいにシーシャからボコボコという音がして、その衝撃がパイプから伝わり、胸の辺りに響いた。先程よりもたくさん入ってきた煙をむせる前に吐き出したら、目に見える量の白い煙が目の前に広がった。その時にまたバニラの風味がしたから、これは吐き出す時にフレーバーを楽しむものだと理解した。

「うん、上手に吸えているよ。バニラの味はしたかな?」
「吐き出す時に感じました」
「それはよかった。ここのはちゃんと味を感じることができるから私は好きなんだよね」

 郭嘉さんにパイプを渡したら、ありがとうと微笑んだ後、またゆっくりと吸った。私のとは比べ物にならないくらい音が鳴り響き、静かに吐き出された煙は綺麗に真っ直ぐ進んだ後、ふんわりと上に広がっていった。吸ってから吐き出すまでの一連の動作がとても綺麗で、思わず見惚れてしまい、慌てて目を逸らす。

「シーシャはこうして同じ味を共有できるのが良いんだ」
「確かに…。一緒に楽しめるのは良いですね」
「好きなフレーバーに包まれてリラックスしながら話をするのもたまには良いと思わない?」
「ストレス解消になりそうですね」
「貴方が良かったら、これからも私に付き合って一緒に吸ってくれると嬉しいのだけど」

 真っ直ぐ目を見てそう言われると、何だか告白されているような気分になり、顔が熱くなってしまった。暗い照明だからバレていないはずと言い聞かせて、ゆっくりと頷いた。郭嘉さんは満足そうに笑うと、パイプを渡してくれた。さっき目を逸した時に別のグループのやり取りが目に入ったけど、そのグループはマウスピースを付け替えてシーシャを吸っていた。その時初めてマウスピースを替えられることを知ったけど、お互いに何回も吸った後に新しいマウスピースを下さいと言うのも今更ながら失礼なような気がして言い出せないでいた。意識しているのは私だけで、郭嘉さんは全く気にしていないかもしれない。私が意識しているとバレないよう、平然を装ってマウスピースに口をつけて煙を大きく吸い込んだ。


20210530

トップページへ