満寵とリップ*
ソファに寝転がってスマホ片手にテレビを流し見していたら、以前よく使っていたリップのCMが流れてきた。新作が出たらしく、今の時代に合わせてマスクにも付きづらいという謳い文句で押し出している。気になる色があったから最後まで見ていたら、伯寧が話しかけてきた。
「気になるのかい?」
「うん、好きなメーカーの新作だったから。でもどうせ使わないだろうからな」
マスクにも付きづらいのは嬉しいけど、そもそも外でマスクを外すことがほとんどないから、マスク生活が浸透した今、私はリップを塗るのを諦めてしまった。それなのに色々なメーカーから新作はたくさん出るし、気になる色が増えていくから、実用性に反比例して買いたい欲が高まっている。それを買った所で1、2回塗って使わなくなるだろうと言い聞かせて我慢しているのだ。そういう意味を込めて伯寧に返したら、伯寧から意外な言葉が出てきた。
「気になるなら使ってみたらどうだい?」
「え、でも今はリップ塗ったところでマスクで隠れちゃうよ?外しても一瞬だけだし、だったら手持ちのリップで十分かなって思っちゃうんだけど」
「塗った姿を私に見せてくれればいいじゃないか」
伯寧からそんな言葉が出てくるとは思わず、驚きのあまり伯寧を見たまま固まった。今までの感覚でリップは出掛ける時に塗るものと思っていて、伯寧に見せるために塗るという発想にはならなかった。確かに、恋人のためにという簡単な理由で化粧をすればいいだけの話だ。伯寧の意図を受け取ったけど、すぐに受け入れるのは何となく恥ずかしくて、考えておく、とだけ答えておいた。
休みの日に買い物に行ったついでに気になっていたリップ数本と、たまたま目に入って一目惚れしたワンピースを買ってしまった。これから伯寧が家に来るから、早速そのワンピースを着て、髪もセットし、しっかりと化粧をして、最後に新しく買ったリップで一番気になっていたものを塗った。久しぶりに出かける時の外見になり、ちょっと気合を入れすぎたかなと思ったけど、今更引き下がれないからそのまま伯寧が来るのを待つ。そわそわしながら待っていたら、玄関の方から鍵を差し込む音が聞こえてきて、すぐにガチャっとドアが開いた。ソファから立ち上がってその場で待っていたら、リビングのドアを開けた伯寧と目が合い、伯寧はそのまま固まってしまった。
「出かけないのに気合い入れ過ぎちゃったかな…」
やっぱりやりすぎてしまったかと思い、不安が募る。不評だったらすぐに着替えて化粧も落とそう。悪い方向に考え始めた時、伯寧が急に腕を引いてきて、油断していた私はそのまま伯寧の胸に突っ込んだ。
「凄く綺麗で驚いた。久しぶりに見たから、言葉が出てこなかったよ」
その言葉と共に、ぎゅうっと強く抱きしめられる。急な展開に頭が追いつかなかったけど、伯寧の背中にそっと腕を回した。暫くしたら伯寧が身体を少し離して、私の顔をじっと見つめてきた。あまりにも見てくるから段々恥ずかしくなってきて目を反らそうとした時、伯寧の指が私の唇に優しく触れた。
「これは新しく買ったやつ?」
「うん」
「とても良く似合っている。化粧をしていなくても可愛いのに、化粧をしたらこんなに綺麗になるのはちょっとずるいな」
「確かに最近ずっとすっぴんだったけど、そんなに褒められると照れるよ」
伯寧は何も言わなかったけど、唇に触れていた指がすっと頬にかかり、伯寧の影が顔に落ちてきた。目を閉じると、すぐに唇が重なった。何度か啄むように触れ合った後、角度を変えて深く重なる。隙間から漏れる吐息が増え始めた頃、ようやく伯寧の顔が少しだけ離れ、また伯寧の指が私の唇にそっと触れた。
「ごめんね。せっかく塗ったのにほとんど落ちてしまったね」
落ちたのは誰のせいと言いたかったけど、視線を上げたら伯寧の唇には私のリップの色がほんのりと移っていた。私もそこに手を伸ばしてそっと触れる。
「伯寧にも移っちゃったね」
そう言うと、伯寧は私の指ごとぺろりと唇を舐めた。リップの色は消えてしまったけど、伯寧の熱っぽい視線を受けて、私も身体の奥が熱くなってきた。伯寧の手が背中に周り、ワンピースのチャックにかかる。ジジ、とゆっくりと下ろされるのを感じながら、目の前にあった伯寧の首元に一つキスを落とした。少しだけ残っていたリップが移り、薄っすらと唇の形が付く。そこにもう一度唇を落として、今度は思い切り吸い付いた。
20210731