満寵から貰った簪をつけて宴に出る話


 今夜は大きな宴があるから昼を過ぎた頃から女官達がばたばたと忙しそうにしている。私も頃合いを見て甄姫様の所へ伺わなくちゃと思いながらも、これを終わらせてから、とどんどん目標にしていた時間が迫ってきていた。あともう一つ片付けられると思って書簡に手を伸ばした時、執務室に数名の女官が押し寄せてきた。満寵殿に会釈をしたらそのまま私の元へ来て、囲まれた。

「ななし様、甄姫様の元へ参りましょう」
「ちょっと待って、これだけ終わらせたい」
「駄目です。ななし様はきっと暴れるから早めに連れてきなさいと仰せつかっております」
「え!?暴れるようなことされるの!?髪をまとめるだけじゃ!?」
「さあ、参りましょう」
「ま、満寵殿…!助けて…!」

 女官に両腕をがっしりと掴まれ、引っ張られる。怖くなって満寵殿に助けを求めたけど、行ってらっしゃいと笑顔で手を振られた。歩く速度も早いし、力も強いし、甄姫様の所の女官屈強すぎやしないか。女官にがっちりと腕を掴まれ引っ張られるこの状況はきっと珍しいのだろう、すれ違う将が何だ何だと振り返る。私だって何だと叫びたいけど、そうこうしているうちに甄姫様の部屋に着いてしまった。部屋に入ると、甄姫様と蔡文姫様が優雅に座っていらした。

「待っていましたよ、ななし。さ、始めましょう」
「髪だけですよね?その予定では?」
「あら、髪を綺麗に結うならお召し物も合わせなきゃいけませんわ」
「私、そんな綺麗な服持ってないです…!」
「私のを貸して差し上げますわ」
「それは恐れ多いです…!」
「私が貸したいの。というか、ななしをとことんいじってみたいのよ」
「ななし様は元が良いですからね。私も楽しみです」

 そっちが本音では…!その叫びは声に出す間もなくまた女官に奥へ引っ張られてしまった。失礼します、と女官に言われると急に服を剥ぎ取られた。あまりの手際の良さと何か抵抗できない圧力を感じて叫び声をあげることしかできなかった。

「戦以外でもさらしを巻いてるの?そんなもの取ってしまいなさい」
「これもですか!?」
「女らしい線を出すのに必要ないものでしょう」
「いや、これは勘弁して下さい…!や、やめて…!」
「あら、意外とあるのね」
「形も良いですね。隠していたらもったいないですよ」

 いくら同性といえども、こんな大勢の前で裸体をさらすなんて辱しめを受けることになるとは思わなかった。女官の言っていた暴れる、とはこの事だったのだろう。いやこれは暴れたくもなる。でも抵抗させないという圧力を感じて、されるがままになっていった。




「やっぱり、私の思った通りですわね」
「ななし様、とてもお綺麗ですよ」
「…」

 全て終わる頃には疲れ果てて、甄姫様と蔡文姫様の言葉に何も返せなかった。さすが夫人付きの女官はこういうことに慣れているのか手際はとてもよかったけど、私自身が慣れていないから無駄に気力を使ってしまった。服が決まると髪に取りかかり、化粧まで施してもらった。一副官がここまでしてもらうなんて恐れ多いことのはずなのに、今はぐったりとして何も喋れなかった。

「これだけ変わると気付かない鈍感な方もいそうですわね」
「楽進様とか気付かなそうですね」
「曹休殿もね」
「あ、あの…」
「何かしら?」
「私、一体どうなってます…?」

 鏡もなくされるがままの状態だったから、今の自分がどんな格好をしているのか検討もつかない。ただ、胸元はすごくすーすーするなという感覚はある。女官が大きな鏡を持ってきてくれたからそれを覗いてみると、まず自分の初めて見る姿に驚き、次に胸元の露出度合いに驚いた。

「こんなに露出してたらよくないですよ!?」
「あら、それ同じ事を私にも言えるのかしら?」
「うっ……」

 確かにいつもかっちりした服を着ているから露出しているように見えるけど、甄姫様のお召し物に比べたらかなり抑えられている方だった。でもそれにしても胸の谷間のようなものが見えるし、そもそも自分にこんな谷間があると思っていなかったからここまでくると女官の技術すごいなとただ感心するばかりだった。

「髪はこの簪一本だけにしたかったから、簡単にまとめてみたわ」
「あ、この髪型はすごく素敵だと思います…」
「髪型は以外は気に入らないということかしら?」
「いえ…!そんな滅相もございません…!」

 つい本音が出てしまったけど、全力で否定する。この反応も予測済みなのか、お二人はただ笑うだけだった。

「ななしは元が綺麗なんだから、もっと自信を持ちなさい」
「勇敢なななし様もかっこいいですけど、今のななし様もとても綺麗ですよ」
「そりゃあこれだけ綺麗に着飾って頂けたらそうも見えますよ…」
「またそうやって自分を下げない。もっと胸張って堂々としなさい」

 背中を叩かれて、背筋が伸びる。これで終わりじゃなかった。これから宴に行かなきゃいけないことを忘れかけていた。そして満寵殿に頂いた簪を付けた姿をお見せするという本来の目的を遂行しなければいけないことを思い出し、改めて自分の姿、特に胸元に目線を落としてとても怖じ気づいてしまった。

「や、やっぱりこの格好で満寵殿に会うのは無理です…!」
「今更何を言ってるの。さ、行きますわよ」
「ああ…!引っ張らないで下さい…!」

 私の最後の懇願も呆気なく、今度は甄姫様と蔡文姫様に両腕を掴まれて宴の部屋へと引っ張られていった。


 宴はもう始まっているようで、綺麗な音色とそれに合わせて舞う踊り子、酒を飲みながら楽しそうに見物する将や兵達で盛り上がっていた。部屋に着くと甄姫様と蔡文姫様は腕を離してくれたけど、一人でふらふらとどこかへ行く勇気もなかったからうつむき加減にお二人の後ろについて歩いていた。そしたら一人の将がこちらへと向かってきた。慌てて頭を下げ、手を合わせる。曹休殿だった。

「これは甄姫殿。子桓殿があちらでお待ちですよ」
「ありがとう。すぐに行くわ」

 蔡文姫様、続いて私にも軽く会釈をして歩いて行く様は好青年そのものだ。でも反応がないということは、私と気付いてないのか、私と気付いていても特に反応を示さなかったのか。曹休殿に限っては後者はないから、きっと前者なのだろう。もしかしてこの調子で拱手をして顔を合わせなければ、誰にも気付かれずに過ごせるんじゃないか。少しだけ希望を持った所で、甄姫殿が曹休殿を呼び止めた。

「曹休殿、この子に見覚えはなくて?」
「え?初めて見るような…どなたかの娘ですか?」
「ななし様ですよ」
「え!?ななし殿…!?」

 やり過ごせると思った矢先に蔡文姫様に暴露されてしまった。曹休殿の反応はもっともだと思うけど、それにしてもあからさまに信じられないという顔をしていてちょっと酷くないか。素直さが曹休殿の良い所だけど、そんな顔しなくてもいいじゃないか。今まで見てきた曹休殿の表情の中で一番酷い顔だったと思う。曹休殿は何かを言おうとわたわたしていたけど、甄姫様と蔡文姫様が先を行ってしまったから放置して後を追いかけた。

「ふふ、やっぱりななし様だと気付いていなかったですね」
「よく見ればわかるのに。殿方は鈍感すぎますわ」

 そのままお二人に付いて歩くと、賈詡殿と遭遇した。賈詡殿は私と目が合うと一瞬止まったあと、畏まって頭を下げてきた。

「これは大変美しい姫君ですね」
「賈詡殿…からかうのはよして下さい」
「あははあ、ばれてしまったか」
「当たり前です」
「いやでも、半分は本音だよ。女は化けるねえ」

 わざとらしく手を上げているけれども、賈詡殿の本音はどこまでが本音なのかわからない。
それからもお二人から離れるのが怖くてずっと付いて歩いていたら、たぶん周りの反応を見たかったのか部屋を軽く一周させられた。もちろん様々な反応をされた。次はどこへ行くのだろうと待っていたら、甄姫様にいつまで一緒にいるつもりなのと怒られてしまった。

「一緒にいてくれないんですか!?」
「私はわが君の所へ参ります。ななしも付いてきたいなら別ですけど」
「いえ…!結構です!」
「私も殿に音楽を奏でるよう言われてますので」
「蔡文姫様まで…!」
「早く満寵殿の所へ行きなさいな」
「一人では無理です!一人にしないで下さい…!」
「何言ってるの。いつも一人で会ってるでしょう」
「状況が違います…!」

 私の懇願も空しく、お二人はそれぞれの目的の方へと行ってしまった。諦めて満寵殿の所へ行くしかないのか。大きなため息をついて、満寵殿がいるであろう隅の方へと向かった。


「満寵殿、お待たせしました」
「ななし殿!待っていたよ!」

 相変わらず満寵殿は何かの図を広げて一人で飲んでいた。私が近づいた時点で気配で気付いたのか、他の将たちと違っていつも通りの笑顔で迎えてくれた。

「やっぱり私の思った通りだ。よく似合っているよ」
「ありがとう…ございます…?」
「その服はななし殿の物かい?」
「甄姫様が貸して下さいました」
「なるほどね」

 いつもの調子でそう言われると照れてしまうけど、今まで会ってきた人達と違っていつもの調子でいられるとこっちが不思議な気持ちになってしまう。

「満寵殿はすぐに私だってわかるんですね」
「何を言っているんだい?綺麗に着飾ってもななし殿はななし殿じゃないか」
「いや、あまりにもいつもと違う見た目になってしまったせいでほとんどの方に認識されなかったんですよね…」
「そうなのかい?」
「軍師殿はさすがに気付いてくれましたが、他の方たちは酷かったです。曹休殿や楽進殿は驚きすぎて変な顔になっていたし、夏侯惇殿なんか最後まで認識出来なかったのかずっと首を傾げていました」
「それは酷いな。どこをどう見たってななし殿じゃないか」
「あ、あと張郃殿も気付いてくれましたけど、美しいと連呼して謎の舞をしながら近づいてきたので怖くなって逃げました」
「ははっ、その光景見てみたかったな」

 満寵殿に座るように言われたから服を汚さないように丁寧に腰かけた。ようやく酒にありつけたと思ったけど、こぼして汚さないように最大限気を張らなくちゃ。
それからも満寵殿はいつもと変わらず広げている図について説明を始めた。でも今日はよほどいい着想を得られたのか、いつもよりも図を指差しての説明が多い。口数も多いし早口だからついていくので精一杯だった。
そうすれば時間はあっという間で、気付いたら回りは片付けが始まっていた。すぐに帰って寝台に寝転がりたいと思ったけど、大切な事に気付いてしまい机にばんと手をついて立ち上がった。

「どうしよう…この服どうすればいいんだ…」
「明日返せばいいだろう?」
「こんな良い服のたたみ方わからないですし、洗った方がいいのかとかそういう事を聞くの忘れてました…」
「甄姫殿のことだからそこまで気にしなくてもいいと思うけどな」
「駄目です!適当なことをやって傷めてしまったら…」
「じゃあ私の屋敷の女官に頼むかい?」
「女官…。ああ!甄姫様の女官に聞けばいいですよね!」

 着せてくれたのは女官だから、女官に返せばいいじゃないか。それに私が元々着ていたものは甄姫様のところに置いたままだし、それを貰えばいい。満寵殿にこれで失礼しますと言って席を立とうとしたら、満寵殿が私も行くよと言って立ち上がった。

「時間も時間ですし、大丈夫ですよ」
「だからだろう。そんな格好をしているのに一人で歩いていたら危険だよ」
「どうせ誰も気付かないから大丈夫ですよ」
「ななし殿と認識されない方が危ないと思うけどね」

 甄姫様の部屋はわりと近いからすぐに着くのに、何と言っても付いてくるつもりらしい。申し訳ないからいいんだけどなと思いつつ、こうなったら満寵殿は聞かないことを知っているから私が折れるしかなかった。
結果的に女官に服を返すことはできたけど、もしまだ甄姫様が起きていたらお礼を言おうと思って聞いてみたら曹丕様と一緒に過ごしてますと返されて、一人赤面する。満寵殿とその言葉を聞くのが何となく気まずくて、やっぱり無理にでも一人で来ればよかったと思った。


20190622

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