満寵と荀ケを飲む話


 今日切りのいい所で仕事を終わらせてこの店に来てくれないか。店の名前と共に渡された雑な地図を眺め、初めて行く店だなと思った。いつもならば一緒に行くことが多いし、何ならお互いの仕事を手伝って目処がついたら飲みに行くようにしていたのに、珍しい。緊急の軍議が入ったのか、急な遠出を命じられたかのどちらかだろうか。それならばわざわざ新しい店にせずともいつもの店にすればいいのに。満寵殿の地図はざっくりしていてたどり着けるか不安だ。これは早めに仕事を終わらせて街に出て探した方がよさそうだ。


 店はいつも行くような雑多な所ではなく、少々綺麗めな建物だった。看板も大きく出ていたから迷うことなく見つけることができた。店に入り私の顔を見ると、店主と思われる人をはじめとして深くお辞儀をされた。

「ななし様ですね。お待ちしておりました。お先にお連れ様が見えてます」

 こちらも畏まってしまう程の丁寧な態度に、もう少しきちんとした服で来ればよかったかなとか化粧をしてくればよかったかなとか色々と考えていたら、奥の個室のような部屋に案内された。満寵殿に開口一番文句を言ってやろうと息を吸った瞬間、目線の先にいた人物にそのまま息が止まった。

「じゅ、荀ケ殿…?」
「ななし殿、ですか?」

 まさか荀ケ殿がいるとは思ってもいなくて、頭が真っ白になった。満寵殿と飲む約束はしていたけど、荀ケ殿がいるなんて聞いていない。きっと店主が案内する席を間違えたのだろう。そう思って失礼のないように荀ケ殿に頭を下げた。

「申し訳ありません。席を間違えてしまったようです」

 それだけ言って立ち去ろうとしたら、慌てて荀ケ殿が立ち上がる音がした。

「待ってください。満寵殿に呼ばれてここに来たのですよね?」
「ええ、そうですが…」
「ならば席を間違えたわけではないと思います。私も満寵殿にこの店に来るよう言われましたから」
「え…」

 お互い満寵殿に呼ばれたということは、きっと同じ席で飲むということなのだろう。それならばどうして荀ケ殿もいると一言言ってくれなかったのだろうか。そして呼んだ本人がいないなんてどうすればいいかわからない。

「そのまま立っているのもあれですから、どうぞ座って下さい」
「ありがとうございます。…失礼します」

 四人がけの席のどこに座れば失礼じゃないのか。まだ二人しかいないのに隣に座るのは不自然だし、直視できなそうだから斜め前と思ったけどそこもまだ二人しかいないのに不自然だし、仕方なく正面に座らせてもらうことにした。私が席に着くと、見計らっていたかのように酒と料理が出てきた。満寵殿がまだ来てないけど、本当に来てくれるんだろうか…。荀ケ殿と二人で酒を飲むだなんて、会話がもたない。それ以前に何を話せばいいのかわからない。

「満寵様からお二人が揃えば先に始めていてと伝言を頂いております」
「そうなのですね。そしたら先に飲みますか」
「はい、頂きましょう」

 酒器を取り、荀ケ殿の杯に注ぐ。注ぎ終わると、荀ケ殿が私の杯に酒を入れてくれた。まさか荀ケ殿に注いでもらった酒を飲める日がくるとは思っていなかった。お礼を言うのに一瞬だけ目を合わせたけど、顔が良い。やっぱりきちんとした服を着て化粧をしてくればよかった…。
先に始めてと言うならば、満寵殿はちゃんと来てくれるのだろう。それならば満寵殿が来るまでの辛抱だ。飲むしかない。杯を上げて、一気に酒を飲み干した。




「待たせてしまってすまないね」

 数刻経った頃、ようやく満寵殿がやってきた。私の斜め前、荀ケ殿の隣に座ったから、なんだか軍師二人に尋問をされているような気分になってきた。満寵殿の杯に酒を注ぎ、乾杯をする。

「遅いです、満寵殿」
「なかなか切り上げてこれなくてね。それにしても随分と酒が進んでいるね…」
「ほとんどななし殿が空けたのですよ。本当に強いのですね」

 机の端に置かれた酒器を見て、驚いた顔をする満寵殿。飲んでいてわかったけど、荀ケ殿はそこまで酒に強くはないらしい。私は話題もなかなか見つけられず、緊張ばかりしていたから酒が進んでしまっていた。

「ななし殿、大丈夫かい?いつもよりも早い気がするけど」
「大丈夫です」

 杯の中を空にして、新たな酒器に手をかけた。そしたら満寵殿の手が被さり、押さえられた。

「ちょっと休憩しようか。水を貰おう」
「大丈夫です」
「またこの前みたいになるよ?」
「そんなに酔っていません」
「この前?」
「ああ、この前郭嘉殿と飲んで潰れたんだ」
「郭嘉殿…本当にやるとは…」
「本当に…?どういう事ですか?」
「いえ…こちらの話ですので気にしないで下さい」
「あ、ななし殿、休憩って言ったのに」
「大丈夫です」

 満寵殿の隙を見て自分の杯に酒を注いだ。郭嘉殿と飲んだ時と違って意識もはっきりしているし冴えているから大丈夫だと思っているけど、満寵殿は心配性なのか店の人に水を頼んでいた。貰った水を一気に飲み干して空の杯を見せて、酒の入った杯を手に取った。満寵殿はまだ何か言いたそうだったけど、諦めたのか話題を変えてきた。

「私が来るまで二人でどんな話をしていたんだい?」
「この前軍議であがったことです」
「ああ、あの事か。ななし殿にも話をしていたからね」
「ななし殿は面白い意見を出してくれますね」
「そうなんだよ!成る程、こういう考え方もあるのか、と思う新しい意見をくれるから面白いんだ!」
「お二人とも買い被りすぎですよ…」
「そんなことないですよ。他人とは違う発想を持てるのは敵にも通用します。それに他人に違う考えを伝えることは勇気がいることです」

 荀ケ殿は酔っているのだろうか。こんなに面と向かって誉められる日が来るなんて思っていなかった。荀ケ殿のまっすぐな視線を受け止められず、すっと目を反らす。顔が良くて、直視できない。この幸せな時間だけでしばらくの間はどんなに辛い事が待っていても耐えられそうだ。
 それからは満寵殿と三人でさまざまな話をした。意外だったのは、軍師はみんな似たような考えを持っているのかと思っていたら、全然意見が違うこと。話を聞いていると、どっちの意見も成る程と思ってしまうな、という感想が第一。そう思わせる程お二人は話すのが上手いのだ。これはこうだ。いや、こういう考え方もある。一つの議題でこんなにも話を広げられるお二人に感服すると同時に、この状況はとんでもなく勉強になるのではないかと思った。こういう言い方をしたら相手はこう思う。相手を諭すように話すのか、あえて煽るような話し方をして冷静さを失わせるのか、相手や状況によって使い分ける。簡単なように見えて自分が同じことを出来るかと考えたら正直出来る自信はない。そんなことを考えながらお二人の意見を聞き、たまに自分の意見を述べていたら、かなり時間が経っていたようだ。どうやら店の中は私達だけになっていたようで、とても静かになっている。

「おっと、もうこんなに時間が経っていたんだね」
「明日に響きますし、お開きにしましょうか」

 会計を済ませ、店を出た所で反対方向の荀ケ殿とは別れた。満寵殿と並んで歩いているけど、先程とは変わって会話がない。でも満寵殿との無言の空間は気まずさを感じなかったから、そのまま黙って歩いていた。けど、途中で何もない所で躓いてしまった。満寵殿に腕を引っ張ってもらって倒れずに済んだけど、そのまま腕を掴んでいて離してくれなかった。

「ななし殿、酔っているね」
「そう見えますか?」
「うん。最初にあれだけ飲んでいるんだから」
「意識ははっきりしてますよ」
「でもふらついている」

 言われてみればそうかもしれない。足取りは少しだけふわふわしているし、何もない所で躓いたのもそのせいかもしれない。

「緊張してて全然酔いが回らないなと思っていたんですけど、気のせいだったみたいです」
「荀ケ殿と飲んだから?」
「荀ケ殿と飲むのは初めてですもん。それなのに満寵殿は教えてくれないし来てもくれないし、一対一で飲むなんて緊張しますよ」
「荀ケ殿の顔が良いって言っていたからね」

 満寵殿のその言葉に、足が止まった。驚いて満寵殿を見上げると、満寵殿はいつもの表情のままで、何を考えているのか読み取れなかった。
 満寵殿に荀ケ殿の顔が良いと言ったことはあっただろうか。甄姫様と蔡文姫様には半ば強引に言わされたけど、あの二人が言うとは考えにくい。
さっき満寵殿との無言は気まずさを感じないと思ったけど、今のこの無言の空間は辛すぎる。耐えきれなくなって、口を開いた。

「私、そんな事満寵殿に言いましたか?」
「郭嘉殿が教えてくれたよ。前に酔ったときにそう言っていたらしい」

 あの時のことか。酔い潰れた自分の失態だけど、絶対に知られたくなかったことをそのような形で知られてるとは思わなかった。恥ずかしさというよりも気まずさから視線を反らしてしまった。

「だからななし殿と荀ケ殿がゆっくり話をできる時間を作ろうと思って今日二人を呼んだんだけど、どうだったかな」
「どうって、どういう意味ですか」
「ななし殿は以前も結婚するなら若くてかっこいい方がいいって言っていたからね、これがきっかけになればと思ったんだけど」
「それは女の本音というか、一般論を言っただけで…!」
「そうなのかい?ななし殿もそうだと思ったんだけどな。それに今日はずっと緊張しててほとんど荀ケ殿の顔を見ていなかったみたいだし」
「余計なお世話です!」

 大きな声と共に、掴まれていた腕を振りほどいた。どうして満寵殿がこんな事をしたのか真意が読めないけど、満寵殿にはこういう事をされたくなくて、説明し難い怒りが湧いてきた。

「確かに荀ケ殿の顔は綺麗だなと以前から思ってますが、それだけです。荀ケ殿とどうなりたいとかそんな恐れ多いこと考えたことはありません」
「私はななし殿のためになると思ったんだけど」
「だからそれが余計なお世話だと言ってるんです!」

 満寵殿に背を向けて、数歩前に出た。満寵殿の顔を見たくなかった。怒りと共に、少しだけ悲しくなってきた。

「満寵殿にそんなこと言われたくなかったです…」
「どういう意味だい?」
「満寵殿とはそういう話をせずに国の事を考えられるからすごく楽だったし楽しかったんですよ」
「ななし殿…」
「…ごめんなさい、やっぱり酔っているみたいですね。きっと、お互いに。今の事は忘れましょう」
「…うん、そうだね。すまなかった」
「もう大丈夫です。軍師殿の会話はなかなか聞けるものじゃないので、今日はとても勉強になりました。また機会があったらご一緒させて下さい」

 失礼かなと思いつつも、満寵殿の数歩先を歩いたまま話を続けた。目を見て話せる気分じゃなかったから、背を向けたまま。何となく、ここで振り返ったらいけないような気もした。今までの満寵殿との関係が少しだけ壊れてしまいそうな気がして。曲がる道はまだ先だったけど、ここで失礼しますと言って満寵殿と別れた。満寵殿の手が伸びてきたような気がしたけど、それを避けるように走り出した。


20190701

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