荀ケを見舞う話


 最近、荀ケ様は城に足を運ばず屋敷で仕事を行うことが増えた。最初は体調を崩したと言っていたから薬をいくつか用意たしけど、それを飲みきっても城に出向く様子がない。それ以前に部屋から出てくることがとても減ってしまった。薬の効かない流行病ではと思い医者を呼ぶか確認したら、一言だけ必要ありませんと返ってきた。心配ではあるけれど、荀ケ様程の賢い御方が必要ないと言うのだからきっと大丈夫なのだろう。それなら私は自分の仕事をするまでと思い、部屋に食事を置いては片付ける日々を送っていた。


 荀ケ様は日に日に顔色が悪くなっていった。食事も残すようになってきたからより食べやすい物を用意してみたけど、それでも全て食べきるのは難しいようだった。ただでさえ白い肌がより白くなっていき、いたたまれなくなった私は余計な事と思いながらももう一度声をかけてみた。

「荀ケ様、お加減がよろしくないようでしたら一度きちんと診てもらった方が良いと思いますが」
「心配をかけてしまいましたね。病ではないので大丈夫です」
「本当に病ではないのですか…?」
「こう食も細くなれば信じられないかもしれませんが、本当ですよ」

 ふっと微笑むその表情はいつもの優しい荀ケ様だったけど、少しだけ寂しい顔をしていた。何となく目の前から消えてしまいそうな気がしたから、思わず手を伸ばした。

「どうかしましたか?」
「あ…、失礼しました」
「珍しいですね。貴方からこうして触れてくるのは」

 透けてしまうのではないかと重ねた手にはしっかりと触れられた。仕事の邪魔になるとわかっていたけど、その手を離せなかった。
しばらく何も話さずにそのままでいたら、私が触れていない方の手を背中に回して、そのまま引き寄せられた。力を抜いて胸に委ねると、荀ケ様の香りと共に心地よい心音が聞こえてきて、荀ケ様はここにいると安心した。しばらく身を預けていたけど、触れていた方の荀ケ様の手がすっと上がってきてうなじの辺りで一度止まった。

「ななしも一緒に…」
「え?」
「いえ、何でもありません。忘れて下さい」

 荀ケ様の続けようとした言葉が気になって顔を上げたら、指が頬に触れると同時に唇が落ちてきた。触れているだけなのに、いつもよりも長く感じる。心がざわざわして何を言いかけたのか問い詰めようと思い、一度身を引いて見上げたら、また唇が重なった。口を開いた瞬間だったからか、先程よりも深くて、上手く呼吸をすることができずに途切れ途切れに息が漏れる。いつもと違う荀ケ様に少しだけ怖くなって身体を押し返すこともできたけど、何故だかそうしたら荀ケ様が消えていなくなってしまいそうな気がして、腕の力を抜いた。その代わりに荀ケ様が消えないように両の腕をしっかりと背中に回した。


20200619

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