満寵とクリスマスを過ごす話

 ずっとパソコンに向けていた目を時計に移すと、終業時刻をとうに過ぎていた。最近は年末に向けて追い上げてやる仕事が多くて、この調子でいくと土曜出勤しなくちゃいけない羽目になりそうだった。どうせ予定ないからとイブだった昨日は結構残っていったけど、今日はさすがに帰ろう。今日も今日とて予定はないけれど、だからこそ家で酒でも飲みながらゆっくりしたかった。それにもし仕事が終わらず土曜出勤になったら週6出勤になってしまうから、どちらかというと体力温存の為に帰りたかった。今月は既に2回週6出勤をしているし、毎年あった23日の祝日は今年だけなくなってしまったから、正直体が辛かった。パソコンを落としている間に荷物をまとめてコートを羽織り、電源が落ちたのを確認してからオフィスを出た。

 建物を出ると冷たい風が吹いていて、思わず身体を丸める。耳当て持ってくればよかったと思いながら、せめて今日くらいはクリスマスソングでも流そうと思ってWALKMANを操作していたら、名前を呼ばれた。

「みょうじさん?」
「え?」

 WALKMAN片手に振り返ったら、別部署の満寵さんがいた。片手を上げて近づいてくる満寵さんに、慌ててイヤホンを外して頭を下げる。

「お疲れ様です」
「いやあ、奇遇ですね。みょうじさんも今終わった所ですか?」
「そうです。終わったというか、終わらせたというか…」

 満寵さんは数ヶ月前に異動してきた人だ。別部署だから顔を合わせたら挨拶するくらいで、ほとんど関わりがない。後輩が一時期かっこいいと騒いでいたからちょっとだけ観察していたこともあったけど、寝癖がついていたり、ネクタイが歪んでいたりとどこか抜けている人だった。そしていつも残って仕事をしているイメージだった。話を聞いてると仕事は出来るらしいから、単純に任せられている仕事量が多くて残業続きになっているタイプの人かなと思った。このご時世、好んで残業する若者なんて珍しいから、勝手に変わった人認定していたけど、まさか声をかけられるなんて思っていなかったから、内心ドキドキしながら失礼のないよう返答には気を付けた。

「年末で立て込んでいますからね」
「そうなんです。満寵さんは今日はお帰りですか?」
「ええ。切りの良いところで終わらせられたので」
「そうですか。じゃあこの後予定があったらすぐに向かえますね」
「予定なんてないですよ。家に帰るだけです」
「そうなんですか?意外です」

 失礼のないようにと思いながらも気になることは気になるから何となく聞いてみたのに、面白い返答は得られなかった。間近で顔を見ることがなかったからよくわかってなかったけど、背が高くてすごく顔が整っている。そんな人に彼女がいないわけないだろう勝手に決め込んでいたけど、今日はもう帰るだけなんて勝手に親近感が沸いてしまった。

「みょうじさんは?」
「私も真っ直ぐ帰ります。昨日結構残ったので、今日は家で…ゆっくりしようと思います」

 家で、の後に酒でも飲みながら、と出そうになったけどクリスマスに1人で家で飲んでる悲しい女と思われたくなかったから誤魔化した。この辺でじゃあ、となる予定だったのに、満寵さんは予想外の言葉を投げ掛けてきた。

「そうなんですね。そしたらせっかくのクリスマスですし、一緒に食事でもどうですか?」
「え!?」
「ああいえ、深く捉えなくていいですよ。たまたま帰りが一緒になった同僚とご飯に行こうというだけですから」
「ああ…そうですよね…」

 胸の辺りを押さえながらゆっくり息を整える。クリスマスに2人きりでご飯に誘われるなんて心臓に悪い。ましてや顔が整ってる人に誘われるなんて、暫くなかった経験だったから未だに胸がドキドキしている。

「クリスマスだから洒落たお店に入れればいいんですけど、この時間だときっと混み合ってますよね。普通の居酒屋になっても平気ですか?」
「もちろんです。温かいお店に入れればどこでも」
「よかった。じゃあ時間も勿体ないから、私のよく行く居酒屋に行きましょう。あそこならクリスマス関係なく入れると思うので」

 こっちです、と先を進む満寵さんの背中を追う。隣を歩いていいものか悩んでいたら、いつの間にか満寵さんが歩くスピードを合わせてくれて隣に並んだ。まさかこんなことになるなんて思ってもいなかったから適当な格好にしてしまったことを後悔する。せめてスカートにすればよかったとか、もっと高めのヒールをはいてくればよかったとか、300円のアクセサリーじゃなくてもっとしっかりした物をつければよかったとか、後からどんどん出てくる。でも満寵さん本人が深い意味はないって言っていたんだから、あれこれ考えるのはもうやめよう。同僚とたまたまクリスマスにご飯を食べに行く。ただそれだけの気持ちでいればいい。


20191227

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