郭嘉×キール×最高の出会い
長かった一週間を耐えて迎えた金曜日。そういう日に限って残業になってしまったりする。一週間の疲れを癒やそうと早く帰ってゆっくりと過ごすつもりだったのに、こんな時間だとご飯を作るのも億劫になってしまい、帰り道にあるバーに入った。ここはバーと言う割には比較的入りやすくて、たまに利用していた。そして何よりもここのゴルゴンゾーラのパスタが美味しいから、看板を見て食べたくなったのもある。金曜日ということもあり、カウンターはほとんど埋まっていた。運良く片付けの済んだ端の席に案内してもらえたから、終電間際までゆっくり飲むことにしよう。メニューから視線を上げると、バーテンダーと目が合った。いつものカクテルを先に頼み、少し遅れてからおすすめの品をいくつか頼んだ。程なくして出てきたカクテルに手をかけ、心の中で一人で乾杯する。
隣の人がいなくなり、片付けが終わると、先程の私の様に次のお客さんが入ってきた。それは普通の光景だったから気にせずにスマホをいじっていたけど、一つだけいつもと違う事が起こった。
「隣、いいかな?」
声をかけられる事なんてあまりないから、最初は自分に話しかけられていると思わずにずっとスマホをいじっていたけど、斜め後ろに立っている気配を感じて振り返ると、顔見知りの常連さんが立っていた。慌ててどうぞと言い、自分の皿やカトラリー類を反対側に寄せる。その人は柔らかく微笑むと、すっと隣に座った。
この人は顔見知りと言っても話したことは一度もなくて、たまに店で見かける程度の認識だった。文字通り顔を知っているだけ。というのもこの人は恐ろしく整った顔立ちをしているのと身に着けている物や立ち振る舞いも上品で綺麗だから、良い意味で目立っていて、自然と目に入ってしまうのだ。だから私からしたらとても覚えやすい人だった。そしていつも優雅にウイスキーやブランデーのロックを飲んでいる。今日もそれを頼むのかと思いきや、聞こえてきたのはキールという言葉だった。思わずいつもと違う、と小声で口走ってしまった。慌てて口元を押さえて視線を反らしたけど、もう遅かった。
「私がいつも飲んでいる物、覚えてくれていたんだね」
「いえ…」
下手なことを言ってもかえって怪しく見えそうで、軽く頭を下げて誤魔化した。その人の前にキールが置かれると、この人は体をこちら側に向けて、グラスを差し出した。
「乾杯、してくれるかな?」
「は、はい」
どうしてこんな流れになってしまったのか全く理解できないけど、そういう雰囲気になってしまい、断る理由もなかったから中身が半分に減ってしまったグラスを慌てて合わせた。この人は二口、三口程飲むと、ゆっくりとグラスを置いた。そのゆったりとした動作に目を奪われそうになる。ロックグラスもよく似合っていたけど、ワイングラスもとても合っている。しなやかな指先がステムに絡んでいるだけで、フォトブックのワンシーンのようだ。私の視線に気付いていたのか、少しグラスがずれた。照明の光を反射して、透き通った赤色の水面がキラキラと輝いている。視線を上げると、今度はしっかりと目が合った。向けられたその微笑みに、もう視線を反らすことができなかった。
20201126