バレンタインイベントのネタバレを含みます。
「んー、こんなもんかな。」
バレンタイン。乙女達の祭典。
その日がそんな風に呼ばれ、華やぐ街も実質サバイバル化していた現代。大切な人に感謝を伝える日と、そんな風に伝わったここカルデアを思うと自分も随分浮世離れした気がする。
それはそうと、チョコである。
サーヴァントやカルデアスタッフの皆さんに感謝を伝えたく、自分もカルデア流のバレンタインとして便乗する反面、ただ一人、本命として渡したい相手が居た。
「サーヴァント、ランサー。真名、カルナ。よろしく頼む。」
先日召還に応じてくれたばかりのサーヴァント、カルナ。透き通るような白い肌に漆黒の衣、目映い金の鎧。真っ直ぐ自分を見る瞳に、まさに一目惚れというやつだった。
思い出すだけで恥ずかしい。声を掛ければ応えてくれる素直さと真面目さも、人類の危機云々の説明をした後何故かぴったり距離を縮め後を着いてくるようになった天然さも(私が日常を恐れてると思ったらしい。図太いマスターでごめん)、淡々としていて真っ直ぐな言葉遣い、どれもが魅力的でついぞ私は恋する乙女になったのだ。
(ああ、ダメだ思い出しただけで顔が熱い……)
チョコが好きかどうかも、そもそもサーヴァントは食事を摂らずとも問題無かったりするから不要だと言われるかもしれない。でも、どうしてもこのバレンタインデーに便乗してでも伝えたい事があるのだ。勇気が無い?それは元からだから問題ナッシング!
「ラッピング良し、あとは渡すだけ。うー、神様仏様今だけ……というのも困るけど想いを伝える勇気を下さい!」
伝えたい言葉なんて、客観的に見ればそんな大したものではないかもしれない。そこに想いがあるからこそ、今こうして緊張するのだ。
深呼吸もほどほどにマイルームを後にし、目的の人物カルナを探す。あまり他人とわいわいするようなタイプでも無いので部屋に居るかもしれないが、真っ先に部屋へ直行など恥ずかしくて私が昇天しかねないのでそれは最後の候補とする。まずはカルデア内に居るかどうか。それを確かめるべく、管制室へと向かう。
「おや、リツカちゃんじゃないか。良いのかい、こんな所へ来ていて。」
「ダヴィンチちゃん!あの、カルナさん見掛けませんでしたか?」
「やっぱりまだだったか。ま、でも君に朗報だ。彼、ここには来ていないし、何やらカルデアの施設に興味があるようで中をずっとぶらぶらしているみたいだよ。」
というのも、ナーサリーとジャックが廊下で何度もすれ違い、遊びに誘ったけど断られてしまい落ち込んでここへ走ってきたのが先程の出来事だという。
「え、じゃあ……」
「探せばまだ何処かの廊下に居るはずさ。ちなみに、お嬢さん二人はエミヤくんに連れられティータイムを始めるそうだ。廊下で騒がれるよりはマシだと思ったのか、面倒見が良いだけなのか。」
そう言うダヴィンチちゃんはその時の光景を思い出したのか、くすくすと楽しげに笑っている。
「ありがと、ダヴィンチちゃん!私行ってくる!探してみる!」
「ああ、ちゃんと伝えるんだよ。」
一期一会は大切だからね。そんなダヴィンチちゃんの言葉を背に受け、リツカは管制室を出るとカルナの姿を求め廊下を辿る。彼とすれ違ったという彼女達が良く遊んでいる場所。そこを心当たりに、廊下を急ぐ。走ると誰かに怒られ兼ねないので、なるべく落ち着いて、足早に。思えばまだ朝じゃないか。
「あっ……」
そして漸く見付けた後ろ姿。間違うことは無い。白い髪に緋色のもこもこ、すらりとした黒のシルエット。金の鎧が陽の光に反射してちょっと眩しい。
「カル……」
「カルナさん!」
こちらに気付いて居ない様子の彼に気付いて貰おうと名前を呼ぼうとするも、それはタイミング悪く第三者のそれによって掻き消されてしまった。
「カルナさん!あの、今少し宜しいでしょうか?」
「ああ、オレに何か用でも?」
うわぁあああああ見てしまった!廊下の少し先、もう少しズレていたらこっちの姿も見えていただろう距離で始まったのは、実に納得のバレンタイン。向こうから駆けてきたカルデアスタッフである彼女の手に、綺麗なラッピングの赤い箱があるのが見えてしまった。
(うわぁああああ気まずい……)
つい、隠れてしまった。いや、むしろ「ちょっと待ったぁ!」とかって言って飛び足す勇気も無いし居ることバレる方が絶対あれ恥ずかしいから。こっちが気まずすぎるから。
(それに……)
それにバレンタインに便乗するとはいえ、愛の告白なんて図々しい事をするつもりは元より無い。伝えたいのはそれではないのだ。だからこそ、人知れず彼に真っ直ぐ伝えたかったのだ。が。
そっと廊下を覗き込む。運良くブロック状の凹みの部分だったため、身を潜める事が出来たのだ。いけない事とはいえ、やはり気になる。ちょうど、女性が想いを伝えチョコを手渡す所だった。
(わわ……)
顔を赤らめ、勇気を振り絞った彼女の瞳は少し潤んでいる。震える手で必死に彼が受け取ってくれるのを待っている。
羨ましい、とも思った。私はあくまで彼のマスターであり、私がどう望もうと彼にとって私はそれ以上でもそれ以下にもなることはない。誰か一人をえこひいきする事は叶わない。永遠を約束することも無意味なこと。
だけど彼女は違う。マスターとサーヴァントという主従のような関係の概念なく、想いを伝えられる。そんな事を悶々と考えていると、廊下を走り去る音が聞こえた。
(え………?)
彼の手に、例のチョコは無い。受け取らなかったという事に、正直驚いた。カルデア内で伝わったバレンタインは、感謝の気持ちと共にチョコを贈るというものだったから。
「貴方がここへ来てくれて私、嬉しくて。あの、好きです。どうかこれ、受け取って貰えませんか?」
彼女の言葉が脳裏に反響する。それは私が伝えたい全てと、同じだった。越えられない壁があるからこそ、感謝として、チョコを渡そうと思っていたのに。
彼は知っているのか。「本命」チョコというものの意味を。だから断ったの?だから受け取らなかったの?
「………っ」
急激に、怖くなった。
もし受け取って貰えなかったら?
もし断られたら?
バレンタインというイベント事に簡単に浮かれるやつだと思われてしまうのでは?便乗しないと思いも伝えられない卑怯者と思われるのでは?サーヴァントに深入りするなんて、と。嫌われてしまうのでは?
(どうしよう……)
身体が震える。とてつもなく怖くなった。便乗しようとしたのは事実。だからこそ、不安がこんなにも膨らんだ。自業自得に違いない。
反面、ここで逃げてはそれこそ卑怯者ではないか。そう思う自分が居た。他人の失敗を見て逃げるなど。
「マスター?」
俯いていると、声を掛けられた。
「カルナ……さん。おはようございます……」
「ああ、おはよう。良い朝だな。」
私は何を言っているのだろうか。一瞬間を感じたが、素直に返され余計複雑な心境に陥る。
「どうした。どこか痛むのか?」
再び顔を上げれば、心配そうにこちらを見る彼と視線がぶつかった。気まずさに、咄嗟に視線を逸らしてしまう。彼の手が頬へ伸び、閉じた瞼を親指がなぞる。
「何故、泣いている。」
「……………っ、それ、は……」
上手く声が出ない。言いたいことはあった筈なのに、何一つ言葉にならない。何か言わなくては。伝えたいことはある筈なのに。
「……見ていたのか?」
「う……ごめん、なさい。見るつもり無かったんだけど……」
「いや、いい。お前が謝る事ではない。今日はどこか奇妙だからな。」
奇妙、とは。聞けば彼はこれまでにも何度かチョコを渡されそうになったという。返すものもない、渡される謂われもない。なのに何故――それが、あの反応への答えであった。
そもそも彼は知らなかったのだ。バレンタインデーという、今日の事を。うっすらとは聞いていても、自分への結び付きを感じて居なかったのだ。チョコを贈られるなど、そんな展開を。
「そ、か。知らなかったのか……」
安堵した反面、かつてのマスターの話にまた複雑な心境に陥る。そこまで彼に印象付けたマスターとは、さぞかし素敵な人だったのだろう。
「あの、これ……」
シチュエーションやら何やら色々想像妄想していたつもりだが、微妙な空気に耐えきれず膝に顔を埋めたまま持っていたチョコを差し出す。
「オレに、か?」
「え、うん。その……ありきたりな言葉しか言えなくてほんと申し訳ないんだけど、来てくれた事がすっごく嬉しくて……。感謝というかかっこいいなぁというか……」
ああ、私は何を口走っているのか。恥ずかしい。この上なく恥ずかしい。墓穴を掘ってるどころかもういっそ埋まりたい。
「……少しばかり席を外す。ここで待っていてくれ。」
「えっ……」
「いいな、決して移動するなよ。」
珍しくきつくぴしゃりと言われ、カルナはチョコを手に廊下の奥へと消えていった。廊下の隅で、ぽつねんと彼の帰りを待つ。寒い。
心境はまさに忠犬ポチ公。
とかなんとか下らない事を考えていると、カルナが急ぎ足で戻ってきた。廊下は走るなという注意を真面目に守っている辺りが彼らしい。
「これを。」
「私に?」
「ああ。」
手渡されたのは小さな紙箱。何だろうと気になり開けてみると、そこにはピアスが。金色に緋色の装飾が、彼とまるでお揃いのようで。
「これ、カルナさんが?」
「ああ。持ち合わせで作ったものだが、うまく出来ているだろう?」
そう返す彼は自信に満ちていて。一つ、意外な一面を知った気がする。
「すごい、綺麗。ありがとう。カルナさ……」
お礼を述べるも、言葉は最後まで言わせて貰えず彼の指先が唇に触れる。
「カルナ、で良い。」
え、と疑問を返したかったが、再び唇をぷにった押され言葉を飲む。彼をじっと見詰めれば、彼も恥ずかしくなったのか頬を赤らめ視線を泳がせ始めた。
「カル……」
指摘しようとしたのがバレたのか、言葉はまたも音にはならなくて。至近距離の彼と唇に重なる柔らかなそれに、キスされたのだと気付くまで思ったより時間がかかって。
「出来れば、実際に付けてもらえると嬉しい。他に余人のいない、オレが居る時だけに。」
耳元で囁かれた言葉に、かあっと顔に熱が集中するのを感じた。
陽の光に溶ける前に
「って、いう、か、なんでキス……」
「? つまり、そういう事ではないのか?バレンタインというのは想いを伝え合う日だと認識していたのだが。」
「いや、それはそうだけど。」
「今日という日に、お前はオレにチョコをくれた。それはそういう事なのだろう?ならばオレもそれに応えるしかあるまい。オレもリツカが好きだからな。」
「………っ!!ま、まあ、私もその……好き、だけどさ……」
「ならば問題ないだろう。何を気にする必要がある。互いに好きならばそういうことも当然……」
「わーっ!い、いいから!わかったから!恥ずかしいから!」
めでたしめでたし