芳ばしい珈琲の香りと、落ち着いた時間。沈黙たゆたう、このゆったりとした時間が心地好い。
「リツカ。」
「んー?エドモン、どうかした?」
エドモン・ダンテス。自身を復讐者と名乗る彼は、かつてその名を捨てたはずであった。救われたはずの彼は今や無く、あるのは永劫の怨讐を纏うこの身一つだと。
いつか夢現の世界で出会った彼。あの時、私を導いてくれたのは他でもないエドモン・ダンテスであった。それは紛れもない事実で。だからこそ、私は彼をその名で呼ぶ。共に歩む、男の名を。
「そろそろ寝た方が良いんじゃないか?」
「寝る前に珈琲持って突撃してきた人の言う台詞ですか、それ。」
そう、私は寝るつもりだったのだ。時計はとうに日付変更線を越えており、電気を消していざ布団へ、という所だったのだ。そこに高笑いを携え珈琲を持って乱入してきたのが彼である。
「なに、寝ていた訳ではなかっただろう。」
「寝るとこだったんですー。お陰さまで眠気どっかに行っちゃいましたよ。」
「ほう。」
カフェインで睡魔がぶっ飛ぶなんてものは迷信だと思うが、来客を受け入れ多少の談笑したりすれば目も覚めるというもの。
「まあ、布団に入ってれば眠気も戻って来ると思うし、エドモンも部屋に戻る?」
「寝かせてやろうか?」
「はい?」
いやいや、何を言っているんですか貴方は!なんでいそいそとベッドに入っちゃってしかも歓迎するみたいにこっち見て腕を広げてるんですか!
「あの、エドモンさん??」
一応、疑問符を投げてみる。沸々と沸き上がるは嫌な予感というやつだろうか。
「まあ、ぐっすりとはいかんだろうがな。」
「なんでそんな楽しげなんですか!」
「クハハハハハ!」
どうやら彼は、もう暫くは寝かせるつもりは無いようだ。常に気紛れのように行動する彼がこうして長い時間を共に過ごしてくれる事はこのカルデアに来てからは珍しい事のため、つい容認してしまう。
それがくすぐったいような温かいような気がして、自然と笑みが溢れる。伸ばされた手に自分の手を重ねれば、ぐいっと勢いよく引かれる。
「わっ!」
「この手を取ったな、リツカ!」
「ちょ、エドモ……」
思いっきり彼の胸にダイブしてしまい、慌てて顔を上げる。文句を吐き出すつもりの口が言葉を発する事は叶わず、柔らかなそれで覆われた事に気付くまで少しの時間を要した。あまりにも近い距離に見えた彼は目を閉じており、長い睫毛が印象的で。
「ん、っ………ふあ、なに……」
「クハハハハ!今宵は刺激的な夜になりそうだ。
夜はまだ長いぞ、リツカ!」
「ええええええ!?」
どうやら彼は、寝かせてくれるつもりはないようだ。
シンデレラは眠れない
***
半分冗談だったのに応えられ(手を重ねられ)たのでテンション上がったエドモン氏。リツカが何故彼を名前で呼ぶのか、という事を書きたかったお話でした。