私は幸せ者である。
それはきっと、断言出来る。
「やあ、マイガール!ダディが帰って来たよ!」
腕を広げながらシミュレーションから戻ったアーチャーを、笑顔で迎える。それが、今の私の日課だ。
彼の名はジェームズ・モリアーティー。世紀の大悪党として有名な、あの教授である。名前が分かっているのに何でアーチャー呼びだって?それは、彼が望まないから。
"モリアーティー"は、悪役の名前である。カルデアに召還され、私のサーヴァントである自分には相応しくない名前だと、彼が言ったから。
「お帰り、アーチャー。」
「んー、お帰りのチューはないのかナ?」
熱い抱擁に答えると、そんな台詞が続く。
彼がカルデアに来てまだ日は浅いが、こうして自分で仲間を募り模擬戦闘で己を鍛えるほどにはここに馴染んできてくれているようだ。それが何だか嬉しくて、彼を抱く腕に力を込める。頬を掠める彼の口髭がくすぐったい。
「あ、リツカくん、ここに居たのか。悪いけど、ちょっと来てくれるかな?」
「あっ、はーい!」
もう少し堪能していたかったが、ダヴィンチちゃんに呼ばれてしまったので行かなくては。
「ごめん、アーチャー。行かなきゃ。」
「呼び止めて悪かったネ。行ってらっしゃい、マスター。」
腕の力を緩めると、アーチャーも私を解放する。離れきる前に、その頬へ唇を寄せた。ちゅ、と、小さくリップ音。彼も頑張ってるんだ、たまにはこれくらいのご褒美をあげないとね。
アーチャーに軽く手を振り、ダヴィンチちゃんの後を追う。その場に残された彼が頬に指を這わせ立ち尽くしている事など、知らぬまま。
*
「ふんふーん〜♪」
贅沢な柚子湯に浸かり、今の私は機嫌が良い。乱雑に拭っただけの髪から水滴が落ちるが、肩にかけたタオルが吸ってくれるので気にしない。今日は髪がだいたい乾いたら寝よう。そんな事を思いながら、マイルームのドアを開く。
「チミィ、いくらなんでもレディの慎みが無さすぎではないカナ?」
びっくりした。まさか、主か留守している部屋に人が居ようとは。鍵はしていたはずなのに、何故?そんな疑問が浮かんだが、聞くだけ野暮である。彼はあのモリアーティーなのだから。
「何だネ、その格好は。」
指摘された私の格好というのが、Tシャツにパジャマのズボン、肩にタオルをかけた楽チンスタイルである。風呂上がりくらい、楽な格好をさせて欲しいものだ。寝る前なのだし。
「気持ちは分かるが、いくら何でも楽すぎないカナ!?」
「えー、そうかなー?」
正直、いつもの、とすら言える格好なので今さらである。肩にかけたタオルでがしがしと髪を拭いつつ、適当に返事をする。
「チミィ、ダディも男なんだけどナー。」
「んん?それは、分かってるけど。」
彼が何を言いたいのか分からず、疑問混じりに言葉を返す。アーチャーを見れば、やれやれとため息まで吐いている。ほんと、何だと言うんだ。
「男はみんな狼だって、もしかしてもう古いのカネ!?」
「少なくとも常套句では無いよね、それ。」
「ダディ、カルチャーショック!」
ガーンという効果音が聞こえてきそうなほどのオーバーリアクションである。元気が良いなあ、このアラフィフは。
「ところでアーチャー、何か用だった?」
「いやー、夜這いでも仕掛けようと計画してみたんだが肝心のマスターが留守だったとはネ☆」
「それ、バラして良かったの……?」
たまに彼のノリが分からなくなる。私にツッコミスキルなどは無い。助けてホームズ。
断る、と笑顔で言われた気がするが気のせいだろう。
「それにしてもマスター、やはりその格好でうろつくのはどうかと思うヨ?他の男に見られてもみたまえ、何をされるか……」
「こんな楽チンな格好の女に欲情するとか、そこまで不自由してるってかなり……いや、何も言うまい。」
「こら、レディが欲情なんて言葉使うんじゃありません!」
めっ、と叱る彼は、いよいよ本当のお父さんのようだ。それが似合っているから何とも不思議なのだが。
「そういうアーチャーはどうなの?」
「むう、アラフィフをからかうんじゃありません。」
「えー、それは残念。」
肩を竦めてそう返せば、みるみるうちに赤くなるアーチャーの顔。あれ?案外ウブだったり?
「と、とにかくだねぇ!?」
ごほん、とわざとらしく咳払いし、アーチャーが気を取り直す。そんなに照れる話だったか?
「キミは、もう少しレディとしての自覚を持った方が良いと思うナ。」
きっと、彼は本当に私の事を案じて言ってくれたのだろう。だけど、私の口から溢れたのはそんな事を意にも留めない言葉で。
「じゃあ、アーチャーが女にしてよ。」
慎みの欠片も、女らしさも足りない、ストレートすぎる台詞。さらりと、溢れるように出てしまった言葉。
「キミ、何を言っているのか分かっているのカネ!?」
分かっている。そして返されるだろう反応も、予想がついている。それでも、いつか言いたかった台詞だった。好きとか、愛してるとか、ありきたりな言葉で埋めるよりも前の、何よりも素直な私の欲望。
アーチャーが好きだ。
それは、あの特異点で出会った時から何一つ変わらない。カルデアで再会した時から、むしろ膨らんでいった想い。
「マスター……」
だけど、好き、とは、言えなかった。あんなストレートな欲を吐き出しながらも、この口は決してその二文字を語ろうとはしない。
「まったく、そんな顔をされればこの悪役もどんな反応をすれば良いのか皆目見当も付かない。参ったネ。」
「アーチャー……」
肩を竦め、ふ、と楽しげに彼は笑った。
「まさかキミが、この私に女にしてくれ、なんて言うとは……さすがの私もビックリだ。」
「わっ!」
ぐ、と腕を掴まれ、勢いよく引かれる。目の前に立つ、彼の胸へダイブする。
「さて、マスター。その前に言うべき台詞があるのではないかナ?」
「…………!」
女に言わせる辺り、彼は生粋の悪のようだ。こうまでされては、言わないわけにはいくまい。
「…………っ、好き、です。」
「よくぞ言った、マイガール!」
顎を掬われる。顔を上げれば、視線が絡む。目を瞑る。影が重なる。唇が触れる。それは、至極自然な流れに思えた。
「私の秘めたる想いもまた同じ……さあ、レディ。悪がネタ晴らしをしたんだ、しっかり受け止めてくれたまえ。」
背中に回された腕が、私を抱き締める。アーチャーの香りが、鼻をくすぐる。大好きだと、気持ちが溢れる。
きっと、私は幸せ者だ。
世界で一番の幸せ者。彼と同じ、幸せ者。
幸せの定理
***
アラフィフ甘……?夢でした。
アラフィフ思ったより口調難しい……
当初思ったのと終結点が変わってしまいましたが、謎解きみたいな告白をアラフィフにさせたくてですね。悪がネタ晴らし〜の所ですな。あとチミィという二人称を使って欲しかった。
ヒロインとしては自分が一目惚れしたと言うが、彼も彼でハグ求めたりキス求めたり、一目惚れである、というのがネタ晴らしの内容です。以上!