ある、森の、物語


それは、誰でも無い、緑を纏う"誰か"の話。

英雄と讃えられながら、曖昧だった一人の青年。たった一つを守るために、暗躍した人でなし。罠を張り、毒を撒き、恐れられながらも、最後の時まで"何か"を手に入れられなかった男の話。






「それで、オレの話聞いてました?」

「なんとなく。」


はあ、と男は息を吐く。辺りを覆う木々は深く、遠くで鳥の羽ばたく音がする。空気は湿り気を帯びており、重く吹く風がざわりと葉を撫でる。曇天の空は既に暗く、少し先には獣道。


「それで、どうするんです?」


場所が悪いか気候が悪いか、カルデアとの通信はとうに途絶えた。少女の頼みでただ二人、レイシフトしたは良いもののいつの間にやら完全に迷子ときた。それでいて落ち着いているもんだから、逆に心配になってくる。


「とりあえず雨宿り出来そうな所探そう。もうすぐ降りそうだよ?」

「それは分かってますけどね?そうじゃなくてですね……」


既に少女は歩き始めている。目の前の状況に順応出来る事は悪い事では無いのだが、少しばかり危機感が足りないのでは無いだろうか。


「ロビン?どうかした?」

「いーや、なんでも。」


自分を呼ぶ声に、ロビンフッドはついぞ諦めたように淡々と返した。肩を竦め、少女の後に続く。

やがて、一つ二つと雨垂れが広がる。適当に葉を広げる巨木の下へ駆け込み、雨脚強くなる音を聞いた。こりゃあ、暫く止みそうにはない。


「どうです?」

「んーん、ダメだね。ここも繋がらない。」

「この雨ですからねぇ……」


雨のせいかは分からないが、そう言ってないとやるせない気がした。景色は雨によって白く濁り、ザアザアと唸る雨音は煩くもある。少女の声も、気にしていないと聞き取れないほどに。少女とレイシフトした先でこんな雨に見舞われるなど、久方ぶりであった。


「ごめんね、ロビン。」

「何がです?」

「聞こえてたかぁ……」


ぽつりと呟かれた声に返せば、気まずそうに少女がぼやく。見れば、聞こえていないと思っていたのか、頬を赤らめ顔を思い切りそっぽへと向けている。


「アンタが謝る事じゃあ無いでしょう。カルデアと繋がらないのもそうだが、この雨だってそうだ。アンタのせいじゃない。」

「うーん、そうでなくて……」


歯切れ悪く、少女が言葉を濁す。

ロビンは、気付いていた。この少女が何を思ってここへ来たのか、その理由に察しがついている。

英霊の持つ記憶の概念、それがある一定の絆を得ることで顕現される。つい先日、ロビンにもそれが顕れた。人理修復のため、彼女と多くを旅してきた。だからだろう。それでも、それが全て"良いこと"という訳では無いのだ。

ロビンは恐れた。深入りを感じる度、彼女に名前を呼ばれる度、自分を知られる事を恐れた。だから、多くは語らなかった。いつもの調子で、のらりくらりと本心は隠してきた。木々に埋もれさせた罠のように。自分は、数多くの"ロビンフッド"の、一つにすぎない。誰、でも無いのだ。誰か、では無いのだ。

少女が、多くを問う事は無かった。代わりに、小さく微笑んだ。そこに、いつか話してくれるかも、そんな期待が孕んでいた事は知っている。だけど、臆病者な彼には言えなかった。

それが、こんなカタチで伝わるとは。


「緑をね、見たかったの。」


ぽつりと、少女が語りだす。雨音に掻き消されそうなほどの小ささで、言葉を探しながら紡いでいく。


「ロビンが生きた緑を。私は多くを知らないし、多くを知ろうともしなかった。だから、そんな資格無いのかもしれないけど。」


それは違う、そう否定しかけて口を閉ざす。その資格を持たないのは自分の方なのだと、思い出す。何も言わなかった。聞かれなかったから、それに甘えた。恐れた。彼女に嫌われるのを恐れた、臆病者だ。


「確かにロビンは此処に居るのに、不思議だなあって。そう、思ったんだ。緑を見れば、分かるかもしれないって、思ったの。」


少女は紡ぐ。思いの淵を。淡々と、ゆっくりと。

目を閉じる。木の葉を伝い、落ちてくる滴がそんな少女を濡らしていく。は、と、短く息を吐く。


「どんな感じなのかな?」


それは何に対して呟かれた言の葉だったのだろうか。その先の事は、彼女は何も言わなかった。ふわりと、ごく自然にかけられた緑のマントに包まれながら、男の体温を感じながら、少女は目を閉じる。その口元には、柔らかな笑みがある。幸せそうだと、ロビンは思った。


「優しいね、ロビンは。」

「そんな事はねぇですよ。」

「大事な宝具で雨宿りさせてくれるくらいには優しいじゃない。口と態度が合ってないよ。」

「追い出しますよ?」


くすくすと、少女が笑う。いつの間にか、穏やかな空気が包んでいる。


「ね、今はどう?」

「何がです?」

「んー、何だろう?」


なんじゃそりゃ。つい漏れたつっこみにまた、少女は笑う。言いたい事は分かってる。彼女が知りたい事も分かってる。


「ま、悪くはないんじゃないですかね。」


素直になれない唇は、そんなひねくれを言葉にする。それでも少女は満足したのだろう、安堵したように身を寄せてくる。

いつの間にか、雨は無い。あれが嘘みたいに空は晴れ、日差しすら見え始める。暖かな風が、ふわりと緑を揺らす。酷く、穏やかな昼下がり。


「あっ、ねえ、虹!ほら!」

「へいへい、見えてますよ。」


マントから顔を出し、はしゃぐ少女にさっきの面影は無い。空は澄みきった青を広げ、目映い陽の光を浴びて帯を走らせる。春だな、とロビンは思った。

かつてシャーウッドの森でも、こんな景色を見ていた気がする。誰かに恋い焦がれた事もあったかもしれない。もはやそれは遠く儚く、今の自分にとっては生前よりも英霊としてからの記憶の方が鮮明だ。ああ、だけど。


「もっと見える所行こう!ほら、早く!」

「わっ!ちょいと、転んでも知りませんよ!」

「大丈夫だって!ロビンが居るからね!」


きっと、誰かはこうやって見てくれていたのだと思う。今も、昔も。オレがオレで在るように。

手に入れた物は、確かにあったのかもしれない。



ある、森の、物語



(男は、その森に在った。顔の無い、英雄として。)




mae | tsugi