「うーん、おっかしーなぁ。」
唸ることもうかれこれ一時間は経っただろうか。音沙汰の無い端末に対し、何度目かも分からない溜め息を吐く。レイシフトした先で通信が途絶える事はしばしばあったものの、今回はマシュの姿も無く少々状況は厄介なものであった。
というのも、同行したサーヴァントが一人しか居ないのである。かくいうそれも、周りを見てくると言ったきり戻ってないのだが。
「カルデアとも繋がらないし、頼りのサーヴァントには放置されるし、ついてないなぁ。」
元より絆を上げるため、そしてより強い連携を得るため少数での出撃を推したのは自分である。文句は言えない。言えないのだが、やり場の無い不安に、つい愚痴が溢れる。
そんな彼女の心境を表すかのように淀んだ雲間から、ついにポツリポツリと大粒の雨が降り始めた。
「うわ、どしゃ降り!どこか雨宿り出来るとこ探さなきゃ……」
慌てて立ち上がり、周囲を見渡しながら森の中を移動する。多少離れても、サーヴァントなら見付けられるだろう。何より鳴り出した雷の音の近さに、リツカは焦りを隠さぬまま雨を凌げる場所を求めた。
「はー、災難。」
どれほど移動しただろうか。視界の悪いどしゃ降りだったから、そう長くは移動してないだろう。運良く見つけた洞窟に駆け込むと、背後で空が目映く光ったのが分かった。
ドォンと、けたたましく雷鳴が響く。
「ひあ、びっくりした。雷、結構近っ!」
振り返れば、まだ空はゴロゴロと唸っている。これは暫く止みそうにないだろう。無意識に漏れた溜め息を気にする事なく、リツカは洞窟の内側へ移動すると、岩影に腰を落とした。
*
「ん…………」
いつの間に眠っていたのだろう。雨はまだ降り続いているようだ。どれくらい時間が経ったのか。偵察に行ってしまった彼のことも気になり洞窟の入り口まで行けば、外に人の姿が見えた。
「へぇ、こりゃあツイてるぜ。まさかこんな所で女に出くわすとはな!」
「若い娘がこんな所で一人たぁ、いけねぇなぁ。」
向こうからもこちらの姿が見えたようで、それを認めるなり下卑いた笑みを浮かべ近寄ってきた。ここはレイシフト先。自分の持ちうる常識が通用しない世界。リツカは慌てて洞窟の奥へと走るが、思うより早く接近され、遂には捕まってしまった。
「おら、何処へ行くんだよ嬢ちゃん。」
「この雨で退屈してんだろ?俺たちと楽しもうぜぇ。」
「や、やだ!離して!!」
なんとありきたりな返答か。それでも震える身体から、やっとの事で絞り出せた抵抗であった。男達は山賊だろうか。身形は整っておらず、擦りきれた布から傷を走らせた肌が所々露出している。
「大人しくしろ!」
「きゃあっ!」
思いっきり突き飛ばされ、地面に背を打つ。痛みに動きが鈍くなった所で、両腕を縛られてしまった。絶体絶命、大ピンチ。
「へぇ、思ったより可愛い顔してんじゃねえか。」
「なかなかの上玉だなぁ、オイ。」
顎を掴まれ無理やり上を向かされる。必死の抵抗で固く目を瞑るも、指先に込められた力にうっすらと開いてしまう。視線が重なる。怖い。怖い。
「そんな怯えんなよ。楽しもうぜ?」
「気持ち良くしてやっからよ。」
男の手が、上着にかかる。胸の形を確かめるように、まるく撫でる。気持ち悪い。
(やだ、誰か……っ!)
生憎――山賊のものとは違う、聞き覚えのある声が洞窟内に響いた。つ、と涙が伝うのが分かる。
「生憎、そいつはてめぇらには勿体ないくらいの上玉でな。返して貰うぞ。」
「ああ!?誰だよてめぇ!」
「邪魔すんじゃねぇ!!」
突然現れた第三者に掴みかかる彼らが洞窟を逃げ去るまで、そう時間は掛からなかった。
「骨のねぇ奴。と、あー、大丈夫か?」
瞬く間に繰り広げられた戦闘と訪れた静寂を黙って見上げて居れば、山賊の立ち去った方を一瞥し、気まずそうに手を差し伸ばされた。
「おい、どっか痛むのか?マスター?」
「……い、遅いよ!こ、怖かっ……」
「いってぇ!!」
目線を合わせるように屈められた頭を思いっきり掴んでやれば、堰を切ったように涙が溢れた。嗚咽によって言葉にならなかった思いが、ぽたぽたと地面を濡らしていく。
「あー、まあ、なんだ。遅くなって悪かったな。」
「そ、そうよ!ずっと一人にして!こっちに来てからすぐ居なくなるし!怖かったんだから!」
「いや、まあ、ごめんな。」
ぽんぽんと頭を撫でる手が心地好く、許してしまいそうになる。きっと彼は困ったように笑みを浮かべ、私が落ち着くのを待っているのだろう。
冷たくて、優しくて。あの時もそうだった。厳しくて、でも何よりも私達の事を考えてくれた。そんな彼と絆を深め、もっと信頼出来るようになれたら。そう思ってレイシフトしたのに。いつも私は泣いてばかり。こんなんじゃダメなのに。
「落ち着いたか?」
「お、落ち着くわけないでしょ!」
「あー、いや、そうだよな……」
癖なのだろう、困ったときにぽりぽりと頬を掻くのが気配で分かる。さっきから「あー」とか「いや」とか歯切れの悪い言葉ばかりを並べる彼に、それがどれほどのものか伝わってくる。
「まあ、あんま泣くなよ。」
「なっ……だ、誰のせいだと……!」
すぐ近くに、青色が見える。クーフーリンの温もりと香りに、抱き締められているのだと実感する。何て事をしてくれるのだ、このサーヴァントは。この状況、ますますどうしたら良いのか分からない。
「悪かったな。」
「う……」
耳元で喋るのは反則だと思う。
体温と、香りと、優しく頭を撫でる手と。涙なんてとっくに引っ込んでしまったけど、きっと真っ赤になっているだろう顔を、泣いてるフリして隠してみる。こうなったらいっそ、ここで眠ってしまおうか。
「なぁ、マスター。」
「なによ。」
「いや、可愛いなと思ってな。」
クツクツと楽しげに笑っている彼に、きっと私は敵わないんだろうなぁ。悔しいから、その手に指を絡めてみる。そして私はこのまま眠るんだ。重くたって知るもんか。
指先から恋 (握り返された手に、安堵する)