Sarvant:archer
「サーヴァント、アーチャー。召喚に応じ参上した。」
英霊召還作動、三本の光の線が収縮する。目映さに染まった視界に現れたのは、赤衣を纏った弓兵であった。褐色の肌に銀の総髪。自分にも、他人にも、少しだけ厳しい、頼もしいアナタ。
甘えれば私の好物を作ってくれる。頑張ればデザートも付けてくれる。疲れている時には紅茶を入れてくれる、優しいアナタ。限りある永遠を、この先も共に過ごすのだと思った。
「自分の特技を忘れたか!?さんざん俺の手を焼かせた、いつもの憎まれ口はどこにいった!?」
声が聞こえた。彼であって、彼のものではない声。
「思い出せ!君に剣を預けた馬鹿者の名は、なんと言った!?」
深淵にあって、光射すような彼の声。伸ばされた手の感触も、真っ直ぐに私を捉えるその瞳も、確かなものであるというのに。
自分は"無銘の英霊"だと、彼は云った。
そのセカイは、SE.RA.PHと云った。
ムーンセルが聖杯戦争を進めるために構築した、仮想空間。ここは、その裏側だという。本来ならば知性を持つ生命は決して入ってはいけない、絶対禁断領域。旧校舎という、不確かな安全地帯。
幾ばくかのマスターとNPCが、そんなセカイに取り残された。
記憶がないと、彼は云った。
サーヴァントは本来、月の表側から裏側に移動する事自体があり得ないのだと。記憶が一部焼かれた程度で済んだのは幸運だ、とさえ言う。
「どうした、マスター。何故泣く?」
涙が溢れた。目の前の英霊は、そんな窮地にあってワタシを信頼しているという。明確な繋がり、令呪こそこの手に宿っているが、このたった一画の令呪が、彼をワタシに縛り付けているのではないか。そんな気さえした。
「だって、私……貴方のマスターじゃない。」
嘘は吐けなかった。隠し通せるほどの強さを、今の私は持っていない。令呪があって、確かな繋がりを認識してはいるが、それが彼との絆では無い事は私が一番理解している。
マスター、と、彼は私を呼んだ。
違和感に苛まれながら、不確かで明確な繋がりを重視し、まるでそれが正しいものかのように。
「まずは状況を整理しよう。だから、その……泣かないでくれ、マスター。」
困ったように彼は言う。どうしてこんなにも優しくしてくれるのだろう。そんな疑問も浮かべたが、ああ、なるほど。彼は彼なのだ。ならば納得もいく。
「君は……その、記憶はあるのかね?本来の君についての記憶だ。」
言い辛そうに、慎重に言葉を選びながら彼が言う。記憶はあるのかと。私が何者か、私自身が理解しているのかと。
私は、カルデアのマスターだ。人理修復に尽力し、特異点を転々とし、人類史を正しいモノにするべく戦ってきた。何でもない、ほんの少しだけ運の良かった一般人。
「ひとえに信じられない話だが……君の言う事に嘘は無いだろう。月の外では、数多の英霊と縁を結ぶ。そんな事も可能な訳か。」
「うん……」
彼のため息一つに、心臓が軋む。怖い、と思った。ムーンセルの、月の裏側のセカイに来て、元の世界である表へと戻るべく迷宮探索へと乗り出した。その先での、戦闘指示の違和感。あり得ないプログラムの扉に、月の女王を名乗る少女。本当の、聖杯戦争。私の知らない、エリザベートの姿。
あまりに多くの事があった。矢継ぎ早に展開する現実に、漸く得た休息での出来事。失われた記憶。置き換えられたマスター。どうしてこうなったのか。分からない。
「君は、元の世界でも私のマスターであると言ったが、なるほど。納得はいく。」
ふ、と彼は笑った。私を安心させるような、あの柔らかく暖かな笑顔で。彼は言う。自分にふさわしいマスターだと。
「こちらでの私のマスターも、君のように誰よりも他人を優先する節があってね。随分と手を焼かされたものだよ。君も、この状況にあって一番気にしているのが私の事だろう?」
図星であった。何故分かるのか。うっかり、そう聞き返そうになる程には的を射た推測だった。
「分かるとも。なにせ、君は私のマスターだからな。」
魂が覚えている、とでも言うのだろうか。彼は何偽りなく、自信ありげにそう言い切った。誇らしげ、とも言える。
「なに、多少の不便はあれど私たちの目的は変わらんさ。くよくよしている暇は無いのではないか?」
「でも、私は……」
「この月の裏側のセカイに私を喚んだのは君だぞ、マスター。この責任は取って貰わねばな。」
彼は言うのだ。私でも構わないと。
理屈は分かる。ここは月の裏側。あり得ないはずのセカイ。だからこそ、ここから脱出する事が出来れば何もかも元通りになる。そういう事だ。私はカルデアに、彼は月の表側に。正しい歴史を、再び歩み始める。そうでなくてはいけないのだ。だから……
だから、今は前を向き、戦わなくては。
「ああ、水を注すようで悪いのだが……」
この世界では、アーチャーと呼べと、彼は続けた。
「魘されている間、私の名を何度も呟かれて内心焦ったぞ。ここでは、サーヴァントの真名は隠すものだ。君にとっては不便なものかもしれないが、一つ頼むよ。」
「う、うん。ありがとエミ……アーチャー。」
「及第点だな。まあ、そのうち慣れる。」
頭を撫でる、優しくも男らしい暖かな手。不馴れな呼称がどこかくすぐったく、新鮮であった。
ここから始まる、アーチャーとの物語。
***
最初の設定はカルデアヒロイン、無銘ルートでした。
mae | tsugi