Prolog


落ちていく感覚に、意識が戻される。ひたすらに流されていくような方向感覚。視界はおろか、記憶すらもポロポロと落としていって、いずれは骨すら残らない。それはどうしようもない事実に思えた。

何故こうなったのか、今ではもう思い出せない。ただ、凄まじい後悔の念に、顔を塞いで涙する。それも無意味だ。こうなってはもう誰も、この自分を救えないのだから。


「ばっ……オタク、頭の中身まで無くしちまったんですかねー!?その先はアウトだっての!」


声が聞こえる。必死に、何かを訴える声。


「こんな所で諦めちまう性格タチじゃねえでしょ?諦めの悪さが売りだと思ってたんですがねえ……むしろこういう状況、文句の一つや二つで足りるタイプじゃなかったでしょーが。一緒に馬鹿やった奴の事も出てこないんですかねえ?」


声が、聞こえた。私に、呼び掛けている、声が。


「ああ、もう、思い出してくれよ!曖昧でも良い。忘れてたって構わねえ。」


その輝きを知っている。その声を知っている。
失われた喉に、衰えた腕に力を入れる。

そうだ。彼の名前は……



Servant:Archer




そのセカイは、SE.RA.PHと云った。

ムーンセルが聖杯戦争を進めるために構築した、仮想空間。ここは、その裏側だという。本来ならば知性を持つ生命は決して入ってはいけない、絶対禁断領域。旧校舎という、不確かな安全地帯。

幾ばくかのマスターとNPCが、そんなセカイに取り残された。


「やーっと、お目覚めですかい。オタク、幾らなんでも気を抜きすぎじゃないですかねえ?」


気付けば保健室だった。今は旧き木造校舎の、何の変哲もない、白の一室。そこに居たAIの少女、間桐桜に"サーヴァントは教室に待機させています"と言われ、来てみたものの。


(アー、チャー?)


背後から聞こえた声に振り向けば、教壇に腰掛け頬杖をついてこちらを見る緑の弓兵の姿があった。

はて。確かに彼は弓兵だアーチャーし、私のサーヴァントもそれに違い無いのだが。こんなに緑々していただろうか。もっとこう、別の鮮やかさがあったような?


「なんです、そんなにじっと見詰めて。そんなに服が変わったのが可笑しいですかねえ?オレだって衣替えくらいしますよ?まあ、これは単なるサーヴァント用の拘束具みたいですがね?」


一番の論点はそこでは無いのだが、その件は悩んでも仕方がない。そもそも、アーチャーと駆け抜けた聖杯戦争中の出来事が思い出せないのだ。目の前の疑問を見るとしたら、やはりそこなのだろう。

拘束具、といえばそうなるのかもしれない。幾つものベルトにがんじからめにされたようなデザインの服は、確かに窮屈そうにも見える。マントで隠れてはいるが、その腕すらも無駄に縛られているようだ。ファッションの一部、ではあるようだが。


「オタク、顔がひきつってますよ?」

「ご、ごめん……」


おっといけない。衣装デザインの方に集中しすぎた。しかしなんだろう。彼と話していると、不思議と落ち着く気がする。皮肉屋で憎まれ口ばかり叩く誰かを、私は確かに知っている。例え記憶が無くても、それだけは確かだと自信を持って言える。


「さて、と、まあこうして顔を合わせる事が出来たんですし?気を取り直して行きますかね。生徒会室に来いって言われたんじゃなかったでしたっけ?」


そういえばそうだった。自分より先に目覚めているマスターが居るとかなんとか。先に行くよう促す彼に肩を竦め、教室を後にする。


「………っ!」



教室のドアに手を掛けた時、一瞬だけチクリと痛みが走った。同時に、意識の奥、何かに向けてノイズがかかる。あまりにも一瞬。気のせいとすら思えるほどの、差違。


「どうしました?」

「あ、ううん、何も……」

「なら、良いんですけど。」


教室から一歩踏み出す。後ろに続く緑が揺らめく。

物語が、動き出す。



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redone