Basement-1
矢継ぎ早に展開する話に若干置いていかれつつあるが、なんとか疑問を飲み込み校庭の桜の樹の下へと移動する。この先に続く未知のアリーナ<サクラ迷宮>。その調査が、今回課せられたミッションだ。
"迷宮は月の表側へと続いている"。レオはそう言った。ここを突破出来れば、元の世界、聖杯戦争へと戻る事が出来る。それは目的として確かなものであったが、それとは別に、どこか心の奥―――どうしてか、しっくり来ない感覚もあった。
視界に広がるは地平線に沈む夕日と、そびえ立つ岩の城壁。そこに地上は見えない。道は張り巡らされた糸のように伸びている。
吹く風には、鉄の匂いがまじっていた。この美しい風景を汚すような、隠しきれない血の香り。
「ホント、相変わらずね立夏?」
そして、行く手を阻む謎の防壁。
「ご名答!行くわよ、アーチャー!」
「漸くわしの出番か!待ちわびたぞ、リン!」
月の女王を自称するマスター、遠坂凛とそのサーヴァント、アーチャー。迷宮を支配しているのはどうやら彼女たちらしいが、終始違和感があった。
「なんか……頭パンクしそう……」
煌々たる何かを瞳に宿したあのサーヴァントは厄介であったが、似た者同士なのか何なのか凛と口論に乗じてこちらの思惑に気付く様子も無く。三十六計なんとやら、一先ず迷宮を離脱して今に至る。生徒会からの通信も妨害されていたし、やむなく、だ。
ジャミング対策、それにどこか違和感のある態度の遠坂凛の存在と、生徒会が考えを纏めるまでの間マイルームで休む事となった。空き教室を使い回した感は否めないが、ベッドがあるのが有難い。白いシーツの上に寝転がれば、一気に脱力してしまった。
「ちょいと、オタク、寝る前に一つ確認しておきたい事があるんですが。」
こほんと咳払いし、そわそわと部屋を見渡していたロビンが話を切り出した。
「なに、話って?」
「もしやと思うが、あー、まあ、なんだ?オレの事も忘れちまってるって感じですかねえ?」
その一言に、ズキリと胸が痛んだ。思えば最も話すべき相手に伝えていなかった。聖杯戦争中の記憶が無い、という事を。もしかすると桜から聞いていたかもしれないが、やはり自分から言うべきだっただろう。何より、彼にこんな質問をさせてしまった自分に腹が立つ。
「あ、いや、別に怒ってるわけじゃねえですよ?ただの確認ってだけなんで、そこんとこ勘違いしないでくださいよ?」
気まずそうに、ロビンが視線を泳がす。まずは謝らなくては。そして今からでも遅くは無いだろう。全てを告白した。
自分が何者か。ロビンと一緒に戦っていた記憶はあるが、それが聖杯戦争だったのかは曖昧で、鮮明に思い出せないこと。持っていたはずの目的について。うまく纏められないながらも、思いの端を紡いでいく。
「ごめん……もっと早くに話しておけば良かったね。」
「あーもう、そんな顔されたら怒るモンも怒れなくなるでしょーが。まあ、結局はお互い様っつーか、オレも記憶はあやふやなんですわ。」
がしがしと髪を掻き乱し、ロビンは一息にそえ言い切った。なんという事か。まさか彼も記憶を失っているとは。
「ま、それに関しては仕方ないの一点っすわ。もともとサーヴァントは表から裏に行けるようには作られてないんですんで。普通なら燃え尽きてしまうのがオチだ。記憶が一部焼かれただけってのは、運が良かったとしか言いようがない。」
やれやれと言いたげなロビンは、どうやら記憶が欠けた部分というのが分かるらしい。私のように、全体的に思い出せない訳では無いようだ。
「元より記憶力良い方じゃないでしょ、オタク。あまり気にしなくても良いんじゃないですかねえ?これまでの失態とか、綺麗さっぱり忘れたい事も忘れてるってんならむしろ好都合なんじゃないです?」
「怒るよ?」
「おお、怖い怖い。」
ニヤニヤと口元を歪める彼は、どうやら私の失敗談を幾つか抱え込んでいるようだ。それが事実かどうかは、今の私には判断付かないのだが。
「さあて、やるべき事は山ほどあるんだ。今はとりあえず寝ちまいな。」
そう言って枕を投げ渡される。ロビンはというと、ベッド脇にあった椅子を部屋の隅に移動させ腰を落ち着かせる。
「何です?一人で夜も寝れないってほど子供じゃないでしょ、オタク。」
「あ、当たり前でしょ!」
確かに、夜だと思うとちょっと幽霊とか出そうな雰囲気ではあるけれど。
「もしかしてオレの事を警戒してるんです?別に、何もしませんよ。ちんちくりんに手を出すほど困っては……ぶあっ!?」
ああ、ついうっかり手が滑ってしまった。いや、枕がロビンの顔面に引き寄せられたのかもしれない。
「いやいやいや、オタク思いっきり投げましたよねえ!?」
「誰がちんちくりんだ!」
「ソレ、聞こえてたから投げたってことで良いですよね!?危ねーな、この女!」
失礼な。
だが、気持ちが幾分すっきりした気がする。今ならちゃんと寝れそうだ。
「ったく、はいよ。」
「ん、ありがとグリーン。おやすみ。」
「誰がグリーンだ。ったく、へいへい、おやすみおやすみ。」
今度は手渡された枕を受け取り、ベッドに沈む。暫くして、意識は睡魔に溶け込んだ。
mae | tsugi