01
鬼が消える。その情報を最初に聞いたのは赴任地に到着した直後であった。人が消えるというならいざ知らず、鬼が消えるとは聞いたことがなかった。
それなりに人を食った鬼であったために、他の隊士より応援の鴉が飛んできたのが昨日のこと。任務を終わらせ、駆け足で向かえば、街の出入口手前で困惑顔の隊士が待っていた。
赴任地の宿場町は既に幽暗に包まれていた。

「2体いたはずなんです。それで困って、応援を呼んだのですが…」

困惑顔の彼の階級は丙で、低い訳では無い。しかしそれで応援を必要とする案件であったから、厄介な案件であることは考えるべくもない。本来なら柱が出るまででもないのだが、偶然近くに着任していた冨岡義勇がこれに合流することになった。
待っていた隊士の言葉に、義勇は内心で2体、と隊士の言葉を復唱した。鬼は群れない。基本的には。例外はあるが、ほんのひと握りである。

「ひとまず、町へ。昨日のことも話します」

深く頷いた隊士は現場へ案内しようと踵を返した。
交通の要衝である宿場町は、日が暮れてもしばらくは活気が失われない。
多くの宿が並び立ち、それぞれがところ狭しと軒下に提灯をぶら下げている。特に表通りは暗くなればなるほど灯る提灯が増えていく。黄昏色の提灯は夕時より、反って夜間の方が眩しいくらいであった。
人通りが少なくなく、会話や呼び込みの声が響く中だからだろうか、人に聞かれるのを恐れたように隊士はやや声を小さくした。

「抑、最初は俺も鬼は1体だと思っていたんです。ですが、3日前のことです。この場所に着いてすぐに誘拐された子供を見つけました。助けようとした手前、鬼がもう1体現れて子供の取り合いを始めました。俺はその隙に子供を連れて離脱して、家に返すと現場へ戻りました」

なるほど。それでは群れている訳ではなさそうだ。

「戻った時には、2体とも姿を消していました。探しましたが、見当たらない。どちらにせよ、それなりに人を食っているのは分かりました。少なくとも、60は食ってそうな…。それが2体ともなれば俺の手には負えません。ですから、鎹鴉で応援を求めました」

確かにそれを1人は骨が折れるだろう。

「翌日、同じ時間に現場へ行来ましたが、どちらの鬼もいませんでした。しばらくあたりを見て回ってやっと、鬼の片方を見つけました」

隊士は僅かに考える素振りを見せた。言葉を探すように口元をいくつか動かした。

「開口一番に言われました。あの雑魚を狩ったとは意外にやるな、と。せせら笑いながら」

その言葉から想定されることといえば、まずこの2体は共食いしていない、ということか。そしてやはり、群れている訳では無いのだろう。

「お、俺は、まだここでは1体も狩っていません。付近に鬼殺隊士がいるとも聞いていません」

ならば、誰が狩ったのか。鬼が縄張りを移したと考えられなくもないが、餌の多いこの場所を簡単に手放すとも思えなかった。だが、急に姿を消すとは些か考えづらい。

「しかもこう言うんです。…いい悲鳴だった、と」

さすがの義勇も顔をかすかに顰めた。
ということは、この鬼は、もう一体の鬼の断末魔を聞いている。やはり狩られたと考えるのが妥当であった。──しかし誰が。

「交戦しましたが、…すみません、正直、朝になるまで交戦が続いて、しかも取逃がしました。一昨日のことです。それで昨日、改めて鬼を探しましたが、終に姿を現しはしませんでした…。それで…」

不意に隊士は言葉を切った。しばらく待っても話が続かなかったので、義勇は不思議に思って隊士に目を向けた。隊士は不安そうに義勇を見ていた。

「あ、あのう…」

なんだ、と思って見つめること約5秒。大した時間ではなかったが、隊士にとっては長ったようで、冷や汗がだらだらと吹き出していた。

「お、俺の話…きいていますか…?」

えっ
唐突に足元から雉が飛び立ったような気分だった。余りにも唐突に話が切り替わったので、柄にもなく戸惑った。それくらいに驚いた。えっ、こんなに話を聞いているのに?
何故鬼の話から、自分が話を聞いているか云々の話になるのだろうか。やけに不安げにする隊士に、義勇はどうしたものかと少しばかり思案する。
もしや、隊士の話は終わったのだろうか。義勇は話し下手だとよく言われる。言葉の行間を読むのが下手だとも。ならば、この隊士は「話は終わったのに、なぜ行動を起こさないのか」と義勇に問うているのではなかろうか。
そう結論付けた義勇はやる気を見せるべきだなと心を奮わせ、隊士に向き合う。彼の話は大体わかった。

「鬼が出たのはどこだ」
「えっ…。え、と。南のはずれです」

隊士が答えた直後、彼の目の前から冨岡義勇が姿を消した。さっさと鬼狩りに出かけてしまったからだった。

「お、俺の話。やっぱり聞かれてない気がする…」

義勇に残された隊士はそうひとりごちた。なんせ、彼の報告中に義勇は一言として相槌も頷きもなかったのだから。
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ゆりのやうに