鬼は出なかった。義勇は辺り一帯をくまなく見て回ったし、なんならひとり山奥まで入ってみたりもした。途中で隊士と合流し、軽い情報交換後二手に別れて捜索したがやはりいない。気配の一つもないのだからお手上げであった。明日もいなかったら拠点を替えた方がいい。
その日は早めに切り上げて就寝し、翌日から情報収集する手筈となった。
隊士は到着早々2体の鬼と遭遇しており、情報収集は二の次になっていたようだからちょうどいい機会だろう。
宿場町自体は大した広さはない。昼頃に起き抜けてきた義勇と隊士は並び立って宿場町の街並みを縫うように巡り始めた。昨晩の日ではない量の人が行き来していた。
「あ」
隊士がふと声をあげた。何かと思って見てみれば、隊士は一人の子供に目を向けていた。
「おおい、君!」
ぱっと笑顔を作って小走りに子供のところへかけていく隊士。義勇はその様子をじっと見ていた。──正確には、隊士が声をかけた子供を。
呼ばれて、振り返ったその子供。1歩足を踏み出して身体を反転させ、隊士に向き合った。
左頬に斬られたような傷跡のある、小さな子供だった。華奢で、今にも折れそうな痩躯をしているが顔色は悪くない。おそらく生まれつきの体系なのだろう。
──重心が揺るぎない。上下にもぶれない。振り返るときの体重移動だって、いっそ美しい程だった。
こんなにも華奢な子供だというのに、貧弱な印象が少しも持てない。
「あれからどうもなかったかい?怪我もしていなかったかい?」
子供の前にしゃがみ込んだ隊士が人好きする笑みを浮かべて問いかける。子供はしばし隊士の顔を見つめた。やや間があって、小さく呟くように隊士に言葉を返す。
「ええ。貴方も、お怪我がないようで、なによりです」
噛みしめるようにゆっくりとした言葉だった。思っていたよりも低く、凪いだように感情の読めない声色だった。無感情、というわけではない。子供から心配の色は見えたし、気遣いも見える。
しかし、それにしては──義勇が言えた義理はないが──表情に乏しい子供な印象を受けた。
ふと、隊士が振り返った。
「冨岡さん、この子が、件の鬼に襲われていた子供です」
近寄ってみれば、想像以上に小さい。年のころは十かそこら。同じ年の子供の中でも、おそらく特に小さい方だろう。鬼からしたら格好の餌食だ。
子供は鬼って、ときょとんとしている。
「こないだの、騒いでたやつ?」
「騒、ああ、うん、そうだね…」
鬼に襲われたにしてはあまり怖がらないと思っていたが、もしかしたらその身に起きたことをあまり理解していないのかもしれない。襲われていたとなると、当然時間帯は夜であるから、あまりはっきりと鬼の姿を見ていないのかもしれない。
──いや、それでももう少しくらい怖がってくれてもいい気もするが。
「僕を、どちらが食べるのかって喧嘩してた。鬼なの?」
「うん、だから、夜は外に出てはいけないし、戸締りはしっかりしてね…」
鬼殺隊士の目が死んだ。対する子供の表情は少しも変わらない。不思議そうに呟く。
「僕の何が美味しそうに見えたんだろう」
「ううううう〜ん…」
ソウジャナインダヨナーー。そんな呟きが聞こえてきた。何がっていうか、体の、成分の話ですからね。
「…髪の毛かな」
「えっ」
「姉さんがいつも美味しそうって言って弄くり回すから」
隊士と義勇は少年のひとつに束ねられた髪を見た。頭の高い所でまとめて結われたその髪。綺麗に結われているが、結紐のから後ろは四方八方に跳ねる強烈な癖毛だった。頑固にうねる太い髪だが、1本1本を見てみれば、柔らかそうに見える。一瞬は、姉が鬼かとも考えたが、姉弟のじゃれあいにも聞こえる。
隊士がいい笑顔で子供の髪を触る。さらに笑顔になったから、触り心地はいいらしい。
姉は今近くにいるのか?義勇はそれを聞こうかしばし迷った。
「お前の姉は──」
義勇はそこまで聞いて思わず口を閉ざした。閉じざるを得なかった。割り込むように子供と隊士の間に、袋を持った逞しい腕がにょっきりと割り込んだからだった。
「待たせたな坊主!いつも姉貴に頼まれてるもんだ!おまけしたから持って帰ってやんな!」
元気の良い店主の声に、義勇は内心で驚きながら店主を見る。ニコニコと人のいい笑みを浮かべて子供の頭を撫でるが、時折ちらちらと怪しげに隊士と義勇を見ている。なるほど、不審者と思われているらしかった。
さぁほらほら、と子供の肩を掴んで反転させるとぐいぐいとその背を押す。子供が待って、と店主の手を掴んで、困ったように彼を見上げた。
「変な人じゃないよ。何日か前に、僕を助けてくれた人だ」
「あぁん?」
店主が目を点にした。
「そうなのか?」
「僕を心配して声をかけてくれたんだ。大丈夫」
「そ、それは……」
店主が気まずげに振り返った。
「す、すまんかった…」
「い、いいえ……。私達も最近ここに寝泊まりしているだけの余所者ですし…、お気持ちは分かります…」
「旅のお方なのかい」
へぇ、と店主が納得したように隊士と義勇の刀を見た。本来なら警察に引っ張られるような代物だった。なるほど、この刀のこともあるから、店主は怪しんだのかもしれない。
「ええ。もう少し長くここにいようかと思っていたんですけれども、定期的に人が消えていると聞いて少し迷っています」
「まぁ、この辺は昔から人攫いがあったらしいからなぁ。このところはめっきり減ったが」
「そうなんですか?」
「俺が餓鬼の頃からぱたりと減ったっていうから、20年くらい前からはあんまりないんじゃないかな。言っても、俺の餓鬼の頃はちょくちょく話は聞いたがな。最近は聞かねぇ」
義勇と隊士は顔を見合わせた。隊士が遭遇したのなら、鬼は確かにいるはずだ。しかし、姿を消した。──否、分からないようにされているのだ。やはり厄介な鬼であることには違いなかった。
「……。ところで、旅のお方なら、少し待ってくれねぇか」
店主が忙しない足取りで店内に引っ込んだ。そこは干物屋のようで、至る所に海鮮の干物や干し肉、糒が並んでいる。繁盛しているのか品数がおおい。
「詫びだ。持ってってくれ」
そう言って差し出されたのは干し肉が2種類程度と煎餅だった。
「猪と鯨。煎餅は味はねぇがふやかして食べると餅より腹にたまる。うちのはうめぇからな、また来た時に買ってくれ!」
「いいんですか」
「おう。話を聞くに、この餓鬼を何やら助けてくれたんだろ?」
「まぁ…」
隊士がすこし言いづらそうにした。
「貴方がお礼する謂れはないと思うのだけれど」
子供の静かな声が凛と響く。店主が力強く子供の頭を撫でた。
「いいんだよっ。恩人の恩人に無礼働いたからちょうどいいんだよっ。小夜坊も達者でな!」
「うん」
小夜、と呼ばれた子供は隊士に向かってぺこりと頭を下げると小走りで人混みに紛れてしまった。時間を取りすぎてしまったかもしれない。
「あの子供も出かけるんでしょうか?」
「あいつは薬売りの弟でな。いつも海鮮を納めてくれる漁村があるんだけど、今年に入ってから急に納品が悪くなっちまって。不漁なのかと思ってたんだが、この街の簪屋がその漁村の出身でな、2ヶ月前から村と連絡が取れないらしいんだ。それを薬売りに話したら、流行病かなにかかもしれねぇから様子を見に行くってさ」
「このあたりの村ですか?」
「おう、女子供の足だからなぁ。南へ片道2〜3時間ってとこかな」
なるほどな。あの急ぎようとなると、おそらく小夜は出立前に非常食を買いに来たのかもしれない。おそらく漁村に居座るところもないだろうからきっと戻ってくる。それなら、そろそろ出立しないと、日が暮れるまでには帰って来れない。
「この干物、大事に食べますね。今日はありがとうございます」
「いいってことよ!じゃーなー!」
店を離れ、聞き取りにいくつもの店を回ったあと、さすがに腹が減ったと手近な食堂に入った。
隊士は気さくな性格が幸いして、上手く情報を集めてきた。こういう隊士は貴重である。
もぐもぐと鯖煮を頬張りながら、隊士はうううーんと唸り声を上げていた。
「まほまらないへすへ」
「……」
何を言ってるのか分からないから、義勇は返しようがなかった。それを察したのか、隊士はごくりと口の中のものを片付け、水を啜った。
「まとまらないですね。うーん、ちぐはぐです。人攫いは最近、本当に無くなってるようですね。その割に、こないだここの子供が襲われてましたけれど」
小夜のことを思い出してか、隊士は顔を険しくする。
「あんまり町を出ないでほしいですが、我々からは何も言えませんしね」
薬売りなら、そんな町は放っておけないだろうし、いい稼ぎ所となるはずだ。邪魔はできない。
「近辺の村ではたまに人が消えたとかはまだ聞くようです。鬼の仕業もあったでしょうね。あと、町では人は消えてないらしいですが、町から出たあとに消息を絶った人もいるようで。最後の目撃がこの町って人が少なからずいるようです」
「旅商人か」
「でしょうねぇ。あれ、じゃあ小夜くんって、旅の薬売りの弟なのかな。えっ、これから町を出るんですよね、危なくない!?」
サッと隊士が顔色を悪くした。
無くなった水を察したのか、12、3歳程度の店の娘が水を注ぎにきた。昼はとうに過ぎていて、ほかの客がまばらであったから暇を持て余していたのだろう。
隊士が笑顔を取り繕った。
「あ、わ、わぁ、可愛い娘さん、ありがとう!」
うふふ、と笑い合う2人を、義勇はぼんやりと見つめる。この隊士はよく喋る。
「小夜くんって、薬売りさんの弟さんのですか?」
娘が不思議そうに声をかけてきた。
「えっ、知ってるの?」
「なんだか不穏なおはなしだったから、気にかかってしまって…」
娘が不安げに言うものだから、隊士ははっと口を抑えた。確かに声は少し大きかったかもしれない。
「小夜くん、どこかへでかけてしまうんですか?最近熊が出たっていうから、心配です」
「え、熊?」
「お父さんが、町から出てはいけないって。旅商人とその護衛の方が食われちゃって、それは酷いものだったって。南の漁村の近くらしいです。そっちへ行ってなければいいんですけれど…」
「う、うわぁ、不穏〜〜。ありがとうね〜、俺たちも気を付けるよ…」
娘が去ったのを確認したあと、隊士は先程よりいっそう険しい顔をして見せた。
足取りの途絶えた漁村。その付近で起きた人喰い熊。嫌な予感しかしない。
「南」
「小夜くん」
がたりと2人して立ち上がる。追った方が良いのは明白だった。
「えっ、た、食べないんですか…?美味しくなかったですか…?」
娘が涙目で駆け寄ってきた。
「「………」」
こんなにご飯をかきこんだのは初めてだ、と後に隊士は語る。