03
義勇は隊士と二手に分かれることになった。
多少町に土地勘のある隊士は残って鬼の修験情報を探る。1日待ってなければ義勇に合流する。
女子供の足で2、3時間のところにある村。義勇が走れば30分とかからない。
道中で鬼の気配を探りつつ走ったが、特に鬼の気配はない。もうそろそろ村が見えるだろう頃に、遠目に女と子供が見えた。
件の子供だろう。今のところ鬼に襲われる様子も、つけられている様子もない。
近寄ったとき、先に義勇に気が付いたのは子供だった。
気配に敏いのか、先日鬼に襲われて気が立っているのか、振り返った子供の目は剣呑だった。
子供の様子に気が付いた女が足を止めて、次いで義勇を振り返った。
優し気な顔をした、義勇と年の近そうな女だった。小袖の下からブーツが見え、背には大きな薬箱を背負っている。
不思議そうに首をかしげている。女性にしては珍しく、あまり髪は長くない。さらりと亜麻色の髪が揺れた。

「この先には村しかない。鬼退治に来たの?」

子供(小夜、と言ったか)が声をやや大きくして問いかけた。女はそれにはっとした様子で義勇を見てきたから、鬼に関しては聞いていたのかもしれない。

「……かもしれない」

そうだ、とも、そうでもないとも言えない。
それなら、と女が口を開いた。

「そこに鬼がいるかもってことでしょうか?」
「知っているのか」
「鬼のことは知りません。貴方はこの子を助けてくれた討伐のお方ですよね?」

ちがう、と子供が小さく零した。

「もう一人いたんだ。彼はその連れだった」
「…その人は、今はいないのですか?」
「後から来る」
「そうですか」

そこで会話が途切れた。
女は落ち着かない様子で義勇を見ていた。
しばらくの沈黙の後、困ったように子供を見た。

「小夜、彼は最初からあんな感じでしたか?」
「うん、一言もしゃべらなかったし、口数は少ないんじゃないのかな…」

そう小さく会議した後、女が意を決したように声を張り上げた。

「ええと、一緒に村まで行きますか?」
「は?」

何言ってんの、と言いたげに子供が女を睨んだ。女がひるんで言い訳した。

「えええ、だって、我々も彼もこの先の村に用事があるんでしょう…?」

こくりと頷いた。連絡の取れなくなった村の様子は、一応確認しておこうと思っていた。
二人に近寄ってみれば、それまで朗らかだった女の顔が突如引き攣った。

「え、ええ!?ちょっと。あの、何故刀を持ち歩いているのですか??」
「必要だからだ」
「えええ…?ですが、法令違反じゃないですか」
「注意されない」

法令違反であることは否定しない。しかしある程度の黙認がある事もまた事実だった。

「ほ、本当の本当に大丈夫なん…ですよね?」
「捕まったことはない」
「そ、そうですか…」

子供が早く行こう、と女を諭した。
それもそうですね、と女が足を進め始めた。

「そうだ。私は時政沙耶と申します。全国を旅歩いている薬売りです。こちらは弟の小夜です。お連れの方には先日助けられたと聞いています。今度御礼させてくださいね」
「冨岡義勇。いらない」
「あ、そ、そうですか…」

喜怒哀楽がはっきりしていて、表情がコロコロと変わる。昔の姉を少し思い出しつつ、義勇は礼は要らないと遠慮しておいた。
そもそも直接助けたのは義勇ではなく、連れの隊士だ。貰う謂れはない。

「あ、あの。鬼って、その…いるんですかね」
「見たことはないか」
「ないですね。小夜が遭遇したのを聞くに、なんだかとんでもない生き物のようですが」
「力や体格が尋常じゃない。通常人は勝てない。夜は出歩くな」
「夜に出るのですか?昼は?」
「太陽に弱いから出ない」
「え、そうなんですか」

沙耶が意外そうに声を上げた。

「文化はあるのでしょうか?集団で徒党を組んで活動したりはしないのですか?それとも獣に近いのでしょうか」

少し困った。説明は得意ではない。
興味があるのか、なんでも聞いてくる。実際に鬼を見たことがないと言うし、きっとその恐ろしさを知りはしないのだろう。仕方ないと言えば仕方がない。それほどに鬼という生き物は鬼と由縁ない日常からは現実離れしている。
弟の小夜は黙ってそれを聞くだけであった。
困って、そして煩わしくなってきた義勇はとにかくその危険性だけでも伝えねばと口を開く。

「人を喰らう醜い生き物だ。残虐の限りを尽くす。その子供が無事だったのは運が良かった」

沙耶はしばしぽかんとした様子だった。
それから、ふと表情を緩めた。

「それではなおさら、お連れの方には御礼を申し上げなくてはなりませんね」

義勇としてはもっと恐ろしがってほしかった。ただ、少し厳しめに言ったつもりだっただけに毒気を抜かれたのは事実だった。
沙耶はぱっと明るい笑みを浮かべた。視線を追えば長く緩やかな下り坂の向こうに目的の漁村が見えた。

「あっ、あれです!目的地です!はぁぁ、やっと着きましたー」

空は快晴。
森林を吹き抜ける風は爽やかで、集落の向こうに見える海は穏やかに輝いていた。
どこか懐かしさを感じさせるような、古い時代の面影を残した村であった。見える民家の数からして、その人口は決して少ないものではない事が察せされた。

「鬼のことはまた御聞かせください。まずは、あの村の現状を知らなくては」

ふんすと沙耶は鼻を鳴らした。

「薬の入り用を訪ねて回った後はまた宿場町に帰らねばなりませんからね」

時刻は午を過ぎている。
きっと帰る頃には日は沈んでいることだろう。この女、人の話を聞いていたのだろうか。
自然と急ぎ足になった2人の後ろをついて行く。
村の入り口には一対の木柱が打ち立てられており、細めの注連縄が渡されている。一足の大きな草鞋が吊り下げられていた。

「草履…」
「この草鞋は流行り病等の悪いものの侵入を防ぐ民間の風習のうちの一つです。数は少ないんですがね」

その注連縄と草履を観察した沙耶は、ふふと小さく笑みをこぼした。

「とても丁寧なつくりですね。きっと毎年作り替えられています」

職人の手ではないからか、少しばかり不格好ではあったが、丁寧に拵えられていることは義勇でも分かった。
近年の急激な科学の進歩は信仰の衰退へ直結している。辺境の村では神だの霊だのという話は聞くが、都会では眉唾物扱いであった。
それは、鬼とて同じだ。

「こうした丁寧さは信仰の篤さです。微笑ましいことです」

注連縄を見た沙耶はうんうんと頷いて村に足を踏み入れた。

「私たちは村の中心まで行きます。冨岡さんも一緒に来られますか?」
「いや、行かない」

他を見て回りたい。
鬼の気配は感じない。
しかし村に入ったとき、義勇はこの村に鬼がいると確信した。それは長年鬼を狩り続けてきたものの勘だが、確信的なものだった。

沙耶はそうですか、と納得すると手を振って小夜と村の中心へと歩いていった。
残された義勇は周りを見渡す。民家がいくつも連なっている。
村の南東に赤い鳥居が見える。行ってみれば海にほど近い場所だと分かった。10段程度の石段を登れば少し開けた地面になっていて、小高い丘の上に拝殿が一つ。その向こうにはわずかばかりの土地があったが地面が途切れているからきっと崖だ。

鬼の気配はないなと義勇は踵を返した。
周辺の森の中も含め、一通りの検分を終えた義勇は視界の端に、時政姉弟が神社に参るのを見た。
鳥居をくぐる前に綺麗な礼をする。信心深いのだろう。

余りにも鬼の気配がない。
得意ではないが、村人に声をかけてみようかと思い始めたとき、唐突に空が暗くなった。

「──!?」

驚いて見上げた空には星が瞬いた。
太陽があった位置には、月が輝いていた。
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ゆりのやうに