13
時政沙耶と名乗ったその女の異常な所は2つ。
義勇らにも馴染みのない奇妙な知識と、1里程度の範囲内に何があるのかを見ることが出来る目だ。

鬼ではない奇妙な存在、修羅。それから姿をひた隠す時政姉弟には内務省の後ろ盾がある言動も見受けられた。これは確認をとる必要があるだろうが。

この弟の時政小夜も普通とは言い難い。歳の頃は10歳程度にあるにもかかわらず、義勇ですら目を剥くほどの戦闘力を持つ。正直鬼ではないかと疑ったが、気配も姿かたちも明らかに人であり、日光の下を歩く。現状では判断が付かない。


「ひとつだけ、お伺いしたいのですが」

村を出る時、沙耶は村長に思い出したように語りかけた。
鴉が伝令を運んできた後すぐ、隠が速やかに拾い岩を清めて村人へ慰霊と配慮の手配を行った。鬼が去ったことは村人に瞬く間に広まり、村人皆で喧々たる騒ぎとなった。

村からの出立の時、沙耶は村長に穏やかに問いかけていた。
村人と共に喜んでいたはずの村長はやけに警戒した様子であった。

「この村は、昔から豊漁だったのでしょうか」
「ええ?あ、ああ…。稀有な程に恵まれていると思う。爺さんの爺さんのときもいつも豊漁だったって」
「それが、4年前に突然凶作になったのですよね」

まるで確認作業だった。
そういえば、村長は昨年の祭りの後に魚が戻ってきたと言っていた。その祭りの時に、事故で神主の弟が亡くなったとも。

「それでは、«本当のオニオシ»のあと、魚は返ったのですね?」

村長はしばし唖然としたように無言だった。しかし、そのあと焦るような声をあげる。

「違……そもそも、あれは理草が言い出して…!」
「知っています」

理草。
2人の会話を背中で聞いて、義勇は脳裏に白い服を着た舞手を思い出した。幻影のようなものだ。鬼血術とも違う、死者を見るような不思議な現象だった。

オニオシと言えば、この村の祭りだったか。
4年前の祭り(オニオシ)で、神田殻に傷がついた。
そこから、極端な不漁が訪れた。
1年前の祭り(オニオシ)で、男性が1人亡くなった。
その後、豊漁となった。

単なる偶然だろうが、気味が悪いことは確かだった。
それにしても、本当のオニオシ、とは何なのか。
何か義勇にも知りえないことを知っている様子の沙耶に、義勇はわずかに──本当にわずかに眉間にしわを寄せた。

「私が聞きたいのは、もっと別なことです」
「じゃあなんなんだ!」
「魚以外のものは」
「…は?」

ちらりと2人の様子を伺えば、村長は虚をつかれたような顔だった。だが、沙耶はいたって真剣で、じっと村長を見ている。

「いままでは到底流れつかなかったようなものも、流れ着くようになってませんか?」

村長が目を見開いた。
はくりと動かす唇から呼吸の音はしない。文字通り息も忘れている。

「なん、で」
「神田殻の修繕をお勧めします」

それだけを言うと、沙耶はくるりと踵を返した。その際に目が合う。
相変わらず優し気な顔立ちだと思う。しかし、意志の強い目だ。

「冨岡さん」

まさか呼ばれると思わなかったので、思わずびくりと肩が跳ねた。
それに気が付いたのだろうか。沙耶はふっと顔を和らげて近くにいた小夜の手をひいて、改めて義勇に向き直った。

「行きましょう。私たちを、どこかへ連れて行くんでしょう?」

そう言って2日前にやってきた道に目を向ける。
人や荷車が辛うじて通れるようにだけ整備された、山道が続いている。
山を一つ越えた先に、最初に義勇と小夜が出会った宿場町がある。一先ずの目的地はそこで、できればそこからさらに少し離れた場所にある藤の家紋の家に、今日のうちにたどり着きたいところだった。

「さっきの」
「はい?」

村が見えなくなった頃だった。
不意に義勇は沙耶に持ちかけた。
思いのほか足取りが山歩きに慣れている。話しながらでも歩けるだろうと思ってのことだった。

「村長と」
「……ああ、神田殻云々の話ですか?」
「本当のオニオシ、とはなんだ」
「それに関してはご自身で調べてください。わたしからは言えません」

沙耶にはっきりと返されて、義勇は言葉に詰まった。
沙耶は少し考える。オニオシの本来の姿は、人道に反することだ。だからと言って沙耶がいちいち暴くものでもない。
だが、神田殻については話してもいいと思った。しかし、問題はそれを義勇が信じるかどうか。

「神田殻のことなら話してもいいんですけどね〜…。わたしが気違い扱いされそう」
「……」
「いやそんなじっと見ないでくださいよ」
「すまない」
「……はぁ」

沙耶が観念したように息を吐いた。
わずかに振り返って見せた彼女の視線の先には、木々の合間から海が見える。

「そうですね、まずあの村はもともと、とても恵まれた海域にある村です」

視線を前に向けた沙耶は漁村を、拾い岩やその周囲のことを思い浮かべる。

「そこにある拾い岩は文字通りなんでも拾ってしまうのだと思いますよ。周囲が極端に深くなっていて、しかも海底が奇形で複雑です。それ故海藻類も多く生息していて、さぞ魚が集まったことでしょう。この当たりは海流も複雑ですから、それはもう様々なものも流れ着く」
「どこでそれを?」
「海域に関する情報ですか?」

義勇はこくりと頷く。

「日本周辺の海流って、あまり皆さんご存知ないんでしょうか」
「知っている」
「じゃあ、海底のことですか?わたしには目があるので」

そうだった、と義勇は先日の沙耶を思い出す。
視界の範囲外のことまで、その目に映している様子だった。奇妙なことである。

「なんでも流れ着くわりには、不思議なことに神田殻が綺麗なときは悪いものは流れ着くことはほとんどなかった」

不思議なことに、と前置きはしているが、正直ありえないと義勇は反射的に思う。
なんでも流れ着く、ということは、ごみや縁起の悪いものも流れ着くはずだ。鬼だって、流れ着いた可能性がある。

「けれど今は違います。神田殻に傷がある今は、文字通り良いものも悪いものもなんでも引き寄せています」
「直せば、悪いものは流れ着かなくなるとでも?」

沙耶は義勇を垣間見て、にこりと人好きする笑みを浮かべて見せた。

「そうですね、わたしからいわせれば、あの村は拾い岩の恩恵と神田殻の加護。ちいさな漁村ですがそれはもう恵まれた場所と言えます」

加護。そんなもの、存在したらこの世は、鬼殺の隊士はもっと安全でいられただろう。しかし、そうした加護を与えてくれる存在を、義勇は見たことは疎か、感じたことすらなかった。

「それは、神仏の類か?」
「さぁ。ただの偶然かもしれませんよ」

どちらなんだ。尋ねおいてだが、義勇の胸にふつふつと不満が積もる。
沙耶もどう説明したらよいものか。そう迷ったが、そもそも神の存在を信じよなどとは到底言えないなと思い直す。そもそもの話が、義勇にはないのだ。

「そもそも、神様とは、あくまで信仰です」

じっと沙耶を見る義勇に、沙耶は苦笑いしてそう言う。
ますます不可解で義勇はわずかに眉間にしわを寄せた。

「信じていれば、いるかもしれません。神様というのは、そういうものです」
「…」
「みなさん、邪神は簡単に信じてしまうので、それらの類が多いのは確かですが」

苦笑いして、ね、と小夜に同意を求める沙耶に、義勇はなんとももやもやとしたものを胸に抱えるより他なかった。
要領を得ない。

「…信じているのか」
「何をですか?」
「神を」

おそらく、是と返ってくるのだろうが義勇は納得がいかない。沙耶からは、信仰等をいうわりには、心から神を信じているような様子はなかった。
そして意外にも、沙耶はこの質問にいたく悩んでいるようだった。ううーん、と小首をかしげて考え始めてしまった。

「あの村は、神田殻が綺麗になったあとからきっと悪いものが流れつかなくなります。そんな奇妙で数奇な”偶然”があることは、私は知っています」

ふと、義勇の脳裏に鬼殺隊の惣領の顔が浮かんだ。
そう、彼の一族には”呪い”が付きまとう。奇妙な病にも見える。その病は、1体でも多くの鬼を排し、神職の家系から嫁をめとることでその威力が緩和していくという、奇妙で数奇な偶然もともに付きまとっている。

「それらは、理解するにはあまりに人知の枠外にあり、もちろん制御することは叶いません。だから便宜上”神”と呼んでいるに過ぎない」

そう言って、沙耶はやけにうきうきとした様子で小夜とつなぐ手を振って軽快に足踏みしてみせた。

「けれど、それらのうちの一部とはうまく付き合っていくことができることも、私は知っています」

義勇より少し先をあることになった沙耶はやけに晴れやかに義勇を振り返った。

「どうでしょうか、答えになりました?せめて参考にだとか」

期待をこめた目だとは思ったが…。
義勇は申し訳なさから、わずかに眉を顰めた。

「──まったくわからん」

正直、理解の範疇を思いっきり超えていた。
村を振り返る。潮の臭いはもうしない。山の香りと、吹き降ろす柔らかな風が3人の髪を揺らしている。あはははっと連行されているはずなのに、沙耶のやけに穏やかで明るい笑い声が山にひびいた。
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ゆりのやうに