エイプリル・フール
「実は俺、前世の記憶があるんだ」
「ほう」
普段無口なスイがなにを言い出すのかと思ったら突拍子もなく、しかし冗談を言うような人間だったかと首を傾げるくらいには戸惑ったことを覚えている。
「前世の前世も。その前もその前の前も。ずっと覚えてる。だからライの事も、スコッチのことも知ってる。知ってる?眠るような死なんて存在しないんだ」
こちらを一切見ずに捲し立てるようにいうスイの表情は揺らいでいる。不安げに揺れる瞳を見て視線を正面に戻す。組織の無機質な部屋。病院かどこかの施設のようだ。彼は、ここからでることがほとんどない。
「そうか」
「...信じてないくせに」
一瞬はっとこちらを向いて目を合わせては吐き出す様に笑う。
「ライはやり直せるとしたらどうしたい?やっぱ明美のこと?」
「そうだな。やり直したいことが多すぎて選べないが、多分同じ選択をするさ」
「そっか」
「スイは何をするんだ」
「俺はもう、やり直したくない。どんな形でもいい終わって欲しい。またダメだったと嘆くことさえもやりたくない。穏やかに、死んでみたい」
「ほぉ」
「もし、ライが近くにいて、もうダメだと思ったら迷わず殺してね。その弾丸には何回か貫かれた経験があるから、急所を外さないっていうのは凄い楽なんだよ」
「...」
返事に困っていることが分かったのだろう。スイは笑ってうそだよ、と言った。
「今日は4月1日だから」
「ああ、それでか」
「そう、全部が嘘で、早く目が覚めます様に」
「ん?」
小さな声で何かを言っていたが、聞き取れずに顔を向けると遠くを見つめて視線を彷徨わせていた。それが泣いている様にも笑っている様にも見えて酷く心を捉えて離さなかった。
「スイ!」
血塗れでぐったりと横たわるスイの頬を軽く叩くが目の焦点が合わない。それでも俺が誰だかは分かったのだろう、ライと小さく聞こえる。ひゅーひゅーと笛でも吹くかのような呼吸音とともに時折吐き出される血が肺の損傷を物語っている。
「ほらね、急所を外れるとしんどいんだ」
「喋るな」
乱闘騒ぎのなか、背後からドンと押されたと思ったら床に転がったのはスイだった。息がどんどん荒くなる。スイから溢れる血が止まらない。口の端に泡立つ唾液には血が混じる。何度も名前を呼んで目を合わせるが、どうにも俺を見ていない。
「また最初からだ。もういいのに。もう、前世も来世もいらないのに」
途切れ途切れの言葉にいつだったか「嘘だよ」と言ってた顔を思い出す。いや、待て、それより前に見たことがある。その時もスイは血に溺れていたような。
やがて小さくなった呼吸音は聞こえなくなった。荒い息で上下していた体もびくりとも動かない。誰もが忙しなく動いているなかでこのままにしておきたくなかったが、まだやることがある。成さねばならないことがある。スイのような人間を再び作り出さない様に。
虚に空を見つめる瞳をそっと閉じさせる。瞼に血がついてしまった。立ち上がり、ライフルが入ったバックを肩にかけ直す。
脳裏に遠くを見つめるスイと俺が銃口を向けて諦めたような顔をしているスイが浮かぶ。
見覚えがないはずなのに、スコープ越しに崩れるスイが記憶のように頭を回る。これもあの時話を聞いたせいだろうか。エイプリル・フールにもう少しいい嘘をついてくれればよかったものを。
頭を振って、次にしなければならないことを考える。そして、ボウヤと合流したときにはもうスイの顔を忘れていた。
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