Half-Blood Prince-1



- ハリー・ポッターと謎のプリンス -


恐怖の象徴を目の当たりにし、シリウスを失った一件ののち、不穏な空気を拭えないままホグワーツを卒業してから、名前はもと生まれた世界で過ごした。保護の手が回るようホグワーツでの仕事、ダイアゴン横丁で出来る仕事、本部への住込み、あらゆる候補が出されたが、名前はこの道以外を希望しなかった。仕事の間はオフィスでのデスクワークと、家庭では家族と生活をともにできなかった間を埋めるように、とにかくすべての時間の尊さを味わった。先にホグワーツを去った彼らへ改まって挨拶するのはまたいつか…と思っていると、慌ただしい新生活は、何日もあっという間に過ぎた。アパルトマンほどの保護はできないものの、魔法に触れないことで逆に功を奏した。
だがそれも、悪の手が魔法界内に留まっている間の話であった。

つい数日前も、週末は家族とゆったり過ごし幸せをかみ締めたばかりだった。まだ慣れないオフィスの、開放的なガラス張りの会議室で名前はふと、カップ片手に外を眺める上司の異変を感じ取る。もう部屋には、会議に備えて何人も集まっている。窓の外では曇天が怪しくうごめき、辺り一帯にのしかかる。

「……」
「……」

歩みより声を掛けようと口をひらいた名前も、並んだところで同じように外に釘付けになった。天気だけでない異変はやがて、会議室を少しずつどよめかせた。
雷鳴が遠くに鳴り響き、少し見えた気がした黒く細い煙に、名前は血の気を引かせた。思わず自身の利き手に触れる。
やがて、ミレニアム橋の事故はテレビで報じられる。深刻に伝えるキャスターは取り上げない、不自然に走る黒い煙に、名前は目の前が真っ暗になり、絶望した。
幸福も束の間、家族との幸せな時間を捨てなければならない可能性を、ありありと突き付けられた。


……――

晴れ渡る、乾いた風と潮の香りに包まれる貝殻の家。ムーディの推察どおり名前の居場所は此処だったが、ビルにすぐに、名前は外だと告げられた。ウィーズリー一家の親戚の住んでいた家で、騎士団の隠れ家の候補の一つ。広大な海と砂浜が見渡せるこの地は、ムーディからの魔法の実践訓練にも向いていて、保護が決まって以降、数回は名前も訪れたことがある場所だった。

「 ……―」

家の位置からは見えない浜辺で、ムーディはすぐに名前の背中を見つけるも、名を呼ぶよりも前に彼女の前方に絶句した。

浅瀬、杖も持たずただ佇む名前の前に、建物と見紛う程大きな大きな、海の分身が、丸い塊になって、静かに波を作りながら浮かんでいる。

「、…」

― フッ ―
― ザァアアァアァァーーー…! ―

ムーディに気付き名前が少し振り返ると、魔法が解けすべての水が、そこらでだけ豪雨を降らせるようにして海にかえった。
先ほどの塊は以前魔法省で、ヴォルデモートを閉じ込めたダンブルドアの魔法に酷似していた。間近で、肌でその魔法を目にした名前はただ、ほんの少し真似たつもりだった。
濡れた髪を張り付ける名前の顔に笑みはない。指を鳴らさずとも、手をかざさずとも出来て"しまった"というように、明らかに自身の中で大きくなりつつある力に、戸惑いや絶望の色をみせた。
それはムーディも同じく、しばらくは何も発することが出来ないまま、名前と同じように、ただ浜に立ち尽くし、事態の把握に努めた。

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