01



痛みで正気に戻るなんて、実際はいいものじゃないと思った。
別の意味で、気分が悪い。
だけど、現実は直視できそうもなかったから、この際もうそんなの、どうでもいい。
とにかく、いまは左腕を貫くこの酷い痛みを、どうにかして欲しかった。

「……くっ……ふ……っ」
荒くなる呼吸を煩わしく思いながら、傍の木に身体を預けると、どうしてこんなことになったんだっけかと、いまさら考えても仕方がないことが、頭の中に蘇って来た。
目は、自然と閉じていた。

遡るのは、せいぜい十分も経たないくらい前のことだろうか。
気がついたら、桜はこの何も建物が見当たらない林の中にいた。
その数秒前までは、確かに自分の通い慣れた町中にいた筈だったのに。
ここがどこかなんて、そんなのはわからなかった。
ただ、林が続いているということと、動転しながら歩きまわったせいで、草に足を取られて転びそうになり、バランスを崩した先にあった折れた枝に、ズブッと左二の腕を刺してしまったのだ。
半袖だったので、抵抗なく刺さった枝は思ったより深かったのか、想像だにしないほどの痛さで、刺した瞬間など、息が詰まったくらいだった。
ただ、どんなに痛くても、抜いたら出血が酷くなるのはわかっていたので、桜はそれを抜く覚悟ができなかった。
あいにく、血を拭うものを何も持っていないのだ。
肩から提げたバッグの中にハンカチがあったが、それで間に合うわけがないのはわかっていたし、そもそもそのハンカチは、止血しようと二の腕にきつく縛ってしまったので、使えるわけもなかった。
それでも、枝を抜かなければならないのはわかっているが、すでに桜には、その力が残っているかも怪しかった。

「……あーあ、痛そうだねえ」
びっくりするくらい呑気な声が降って来たことに、ようやく桜は目を開いた。
目だけで左右に視線をやるが、人影らしきものは見えない。
身体を起こすのが億劫だから、それ以上はきょろきょろできずに、桜は吐息混じりに言葉をもらした。
「……だ、れ……?」
震える声が届くかはわからなかったが、いまの桜にはそれが精一杯だった。
フッと目の前が暗くなった気がして目線を上げれば、全身、濡れ羽色に包まれた人影が、こちらを見下ろしていた。

目がおかしくなったのではと思ったのは、一瞬のことだった。
こんな状態では、むしろ、それもあり得るだろうし、桜はそこを深く考えたくなかった。
とにかく目の前のその人は、桜の知識の中にある、忍者のような格好をしていた。




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