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しかし、うろたえたらさらにまずいかと思い、桜は間を取るように弱く笑ってみせた。

「……あたし、三反田くんに甘え過ぎてるよね?」
三反田のやさしいところとか、思っているより面倒見がいいところに、寄りかかり過ぎているのを思い出して口にすれば、彼はそんなことないよ、と手を振ってみせた。
「むしろ、もっと頼ってもいいと思ってるくらいなのに、さっきだってその赤くなってる手のことに気づけなかったり……」
と、力を入れて言葉を並べ立てるところを見ると、やはり手のことを凄く気にしていたのだとわかってしまった。

「だから、手のことはいいの。三反田くんにはたくさん助けてもらってるんだし、そんなに迷惑かけられないから」
そう桜は言ったけれど、三反田はさっきの主張もあるからか、
「迷惑なんて、そんなことないって!」
と、口にしながら、こちらへ向かって一歩踏み出して来る。
瞬間、何かに足を取られたようにズルッと三反田が滑り、バランスを崩したのがわかったので、桜は慌てて腕を伸ばすと、支えるようにその体を抱きしめていた。

「な、何してるの、桜! 足! 足は?!」
あわあわと三反田が聞くが、桜は裏腹に冷静な声で返す。
「大丈夫。でも、三反田くんが暴れると響く……かも?」
ジタバタしている三反田が、それを聞くとぴたりと止まったので、桜はそっと身体を離しながら、アハハ、と笑った。
「ごめん、嘘。……でも、慌てたから杖が向こうなの」
柱のところに杖を立てかけたばかりだったから、少し距離があって届かないと言えば、三反田は離しかけていた桜の身体をまた支えるように、自分に引き寄せてくれた。

とりあえず三反田に支えられながら杖のところまで行くと、踏み石の上で忍び足袋を脱ぎ、ようやく廊下に上がる。
「部屋まで一人で大丈夫?」
そう三反田は聞いたが、目の前にもう入り口があるから這ってでも行けるのだ。
だからそう説明して、もう帰っても大丈夫だと桜が礼と共に言えば、三反田は安心したように笑い、ひらひらと手を振るとあっという間に行ってしまった。

途中で三反田が落とし穴に落ちないことを祈りながら、桜も部屋に入ろうと戸に手をかけたが、庭先にふと人の気配を感じて振り返った。
だが、ちょうど去ったところだったようで、その姿どころか人影も確認できないまま、その気配がなくなってしまったので、桜にはそれ以上なす術もなかった。
けれど、あの気配はよく知っている。



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