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「ごめんね、少しだけここで休まさせてくれる?」
そう言えば、時友が心配そうな顔でこちらを見上げた。
「慣れない歩き方だと、やっぱり疲れますよね? 大丈夫ですか?」
三反田と同じようなおっとりさに癒されながら、桜は時友の言葉にうなずいていたが、そこでようやく気がついた。

「……あれ? 時友くん、いつ帰ったの?」
朝の時点では、まだ帰って来ていないチームだったはずなのだ。
「夕方です。もう、ほとんどの人たちが戻ってるはずですよ」
と、言われて初めて気づいたなど遅すぎるが、桜はいっぱいいっぱいだったので、それも仕方がないのかもしれなかった。
「……桜先輩。そんなことより、手見せて下さい」
そう言って榑縁を下りた川西は桜の右手を取り、くるりと手のひらが見えるように返した。

「やっぱり、真っ赤ですよ!」
杖を持っている手は力が入るので、持ち手が丸くなっていても、押しつけている手のひらは、真っ赤になってしまうのは仕方がない気がした。
「四郎兵衛。これ、濡らして来て!」
川西が取り出した手拭いを渡せば、時友はそれを手に、また榑縁を奥へ駆けて行った。
「桜先輩。痛くないですか……?」
腫れてはいないけれど、そっと触れる川西の指が少しくすぐったかったので、桜は口元がゆるんでしまう。
「うん、痛くないよ。……だから、三反田くんもそんな顔しないで?」
川西の隣で三反田が眉根を寄せ、桜の手をジッと見て何やら言いたそうにしているから、きっと自分が気づけなかったことを気にしているのではないかと思ったのだ。

「左近。濡らして来たよ!」
タタタッ、と駆け戻って来た時友から受け取った濡れ手拭いを、川西が右手に巻いてくれたのを見てから、桜はゆっくり立ち上がった。
「ありがとう、川西くん。時友くんも。あと、お邪魔させてもらえて、凄く助かったわ」
そしてもう一度、二人に礼を言ってから桜は、ようやく三反田のほうを振り返った。
「三反田くん。手を借りてもいい?」
濡れ手拭いがあるから逆の手で杖を持ったはいいが、うまく力が入らないからそう聞けば、三反田は我に返ったみたいにすぐに近寄って来て、桜に手を貸してくれた。

くの一長屋の部屋の前まで送ってくれたけれど、三反田はさっきから浮かない顔をしていて、やっぱり自分の手のことを気にしているのかと思えた。
「三反田くん……ごめんね?」
何と言っていいかわからずに謝れば、三反田が困ったような表情を浮かべたので、このタイミングでこれはまずかったのだと、桜にもすぐにわかった。



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