眠れない月夜に01



床に就く前は眠かった気もするが、急に目が冴え出して眠れなくなった。
それでもと、目をつむって身体から力を抜いたり、眠ろうとはしたけれど、なかなか上がって来ない睡魔に途中であきらめ、むくりと起き上がる。
散歩でもして来よう。
疲れれば、あるいは眠れるかもしれないと思い、桜は庭に降りてみた。

ただぐるぐる歩くのもつまらなかったから、月を眺めながら、いろいろ考えなくちゃならないこととか、昼間習った授業のことなんかを考えてみようと思い立つ。
しかし、今夜の月はくの一長屋からは隠れてしまい、半分しか見ることができなかったから、桜は逡巡した後、月が綺麗に見える場所まで歩いてみることにした。

時折、空を見上げて確認しては足を進めていたら、いつの間にか忍たま長屋に来てしまっていたらしい。
あんまり奥まで行ってしまうと、教師陣に気取られるだろうかとドキドキしたので、桜は目立たない場所を選んで空を見上げる。
暗い空に、やさしい光をまとって浮かぶ月は綺麗で、少しくらいは先生に怒られてもいいかと、桜はそんなことを思っていた。

ザアッ、と吹き抜けた風に、洗いっぱなしの髪が揺れる。
普段はまとめ上げているから気づかなかったが、風で髪を揺らされるのは思ったより心地がいい。
気分のよさに、桜がゆるりと忍び笑ったときだった。
「こんなところで何をしている」
夜の静寂を壊さぬような、静かだけど、よく響く声が飛び込んで来た。

ごく近くに感じた気配にあわてて振り返れば、すぐ後ろに六年い組の立花仙蔵が立っていたことに、桜はものすごく驚いた。
すぐそこまで、近づかれていたことに気づかなかったのだ。
「……立、花……先輩……」
どうにかその名を口にはしたが、音になっていたかは怪しい。
相手は最上級生であり、優秀な立花なのだから、桜なんぞに気配を気取られないようにするのは造作もないだろうが、本当にびっくりした。

「少し、悪戯が過ぎたか。そんなにびっくりするとは思わなかったが」
そう言うと、立花はやさしい笑みをこぼし、手を伸ばして桜の頭を撫でてくれる。
いつもと変わらぬ立花の柔和さに、桜は思わずホッと息を吐いた。
「……眠れないのか?」
寝衣のまま、こんなところまで来ていたからか、立花には簡単にバレてしまう。
だから、その問いに桜は素直にうなずいた。

「床に就いて眠ろうとはしたのですが、今夜はどうにも目が冴えるばかりで眠れそうにもなくて……」
そうして散歩に出たら月が見たくなったので、綺麗に見える場所まで来てみたのだと、桜は終わりまで説明した。
「しかし、そんな格好では身体を冷やすぞ」
すでにもう肌寒い季節なのだから、寒さには強くなければならないとはいえ、あまり感心できないと立花には言われてしまった。

「……少し、待っていろ」
そう言ったが早いか、立花はスッと姿と共に気配までもを消した。
どこに行ったのかはわからなかったが、とりあえず桜には目で追うことができなかった。


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