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けれど、すぐに戻って来た立花は、手に女物としか思えない小袖を持っていて、それを桜の肩から羽織らせてくれた。

一瞬、誰の物かと気になってしまったけれど、サイズも大きいし、立花自身のものかもしれないと思い直す。
女装したときに、確かこんな色の小袖を着ていた気がした。
「月もいいが、今日はもう遅い。例え眠れなくとも、横になって身体を休めておいたほうがいいだろう」
そう言って立花はくの一長屋のほうへと促すから、部屋に戻れということかと、桜も素直に従った。

「送ってやろう」
歩き出してすぐに、後を追って来た立花がそんなふうに言うものだから、桜は目を丸くしてしまう。
「いえ、でも立花先輩も部屋に戻られるところでは……」
いまの時間まで自主トレをしていて、やっと戻るところではないのかと思ったのでそう言いかけるが、立花には気にするな、と一蹴された。

夜が恐いなんてことはないのだが、送ってくれると言われたことが桜には、何だかうれしかった。
草履で出て来ているので、桜の足音だけが微かに響いている以外、静かだった。
立花も余計な口は利かないし、桜も何を話していいかわからなかった。

「……あ、あの、これ、ありがとうございました」
縁側から上がると、部屋はもう目の前なので、桜は肩から羽織っていた小袖を外しながらそう言うと、立花に返す。
「ああ。おやすみ、桜」
受け取った小袖を腕にかけると、立花がそう言って笑ったから、桜もつられるように笑顔を浮かべる。
「おやすみなさい、立花先輩」
一つ頭を下げ、くるりと踵を返した桜は、寒さを感じないうちに部屋に入ってしまおうと、縁側へ向けて足を踏み出した。

そのとき、
「桜」
と、後ろから立花が呼んだのですぐに動きを止め、桜は再び立花のほうに身体ごと振り返った。
瞬間、ふわりと抱きしめられ、桜は目を見開いたが、直後、事の重大さに気づいてあわてふためく。
「たっ……立花先輩……ななな何を……っ」
この状態は一体何なのかとあわあわしていれば、立花は抱きしめている腕に一瞬だけギュッと力を込めると、すぐに離してくれた。

恐る恐る見上げれば、立花はこれまでで一番ともいえるような素敵な笑顔で笑っていて、桜はドキッとする。
「好きな子のそんな無防備な姿を見せられたら、抱きしめたくもなるさ」
そう言われ、桜の熱が上がる。
聞き返したくても、桜の口から出て来るのは熱いため息ばかりだった。
「……私も、男だからな」
そう締めて艶やかな笑みを残した立花は、次の瞬間にはもう姿を消していて、後を追うようにまた明日、と別れを告げる密やかな声が落ちて来た。
相変わらず見事な去り方に見惚れながら桜は、まだ赤い顔をしたまま、今度は別の理由で眠れそうもなくなってしまった事実に、頭を悩ませていた。



End.


















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仙蔵の艶やかな言動をもう少し詰め込みたかったのですが、入り切れませんでした。
何をやっても様になってる仙蔵らしさが少しでも出ていれば、うれしいです。


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