03



すまなさそうに言われ、ようやくさっき不破が上の名すらも、自信がなさそうにしていた理由がわかった気がした。
本を貸し出す際の手続きだったり、何か印象的な事柄があって覚えた名前ではなかったから、かなりうろ覚えだったらしい。
だがそうすると、不破には悪いが、上の名も確実じゃないかもしれないと鉢屋は再び彼女へと視線を戻しながら、そんなことを思っていた。

「……新実桜先輩だよ、あの人」
不意に割り込んで来た声に鉢屋が反応して振り返れば、隣にいた不破もえ? と、顔を上げる。
後ろにいたのは竹谷だったようで、二人分の視線を受け流すと、竹谷は木の下にいる彼女を示して、くり返すように言う。
「あの人の名前、新実桜っていうんだってば」
その竹谷の言葉で、ようやく理解することはできたものの、意外に思える人物から彼女の名前を聞くことになった鉢屋は些か驚く。
竹谷は生物委員会の委員長代理を務めているし、その関係とかだろうか。
「何で、八左ヱ門がそんなこと知ってんのさ?」
まさかとは思うが、竹谷は彼女のことが気になっているとか、そういうパターンかもしれないと鉢屋が聞いてみれば、予想通りというか、ある意味、期待を裏切らない答えが戻ってくる。
「いや、桜先輩はうちの委員会の仕事をよく手伝ってくれるんだよ」
毒虫の捜索だとは言わなかったが、生物委員会の仕事はほとんどがそれで費やされているし、きっとそうだろう。
あとは、菜園の手入れも含まれているかもしれなかった。
「よく気がつくし、スピードはともかくとして、よく働いて下さるんで、すげー助かってんだ」
そう竹谷は彼女を評価していたけれど、鉢屋としてはそんなことより、スピードはともかくとして、という言葉がなぜか引っ掛かっていた。


竹谷の言っていたことが嘘だと思っていたわけじゃないが、目の当たりにして初めて、鉢屋は本当だったのかと納得することとなった。
午前の授業を終えて食堂に行けば、すでに竹谷が来ていたので、同じ机で食事を始めようとすれば、そこにさらに割り込んで来る者があった。
「八左ヱ門。隣、いい?」
鉢屋が不破と並んで座ったので、竹谷の隣は空いたままだったのだが、その質問をした本人は答えも待たずに膳を置くと、さっさと腰を下ろしてしまう。
「放課後、菜園にお邪魔しても平気?」
竹谷に向けてさらに質問をするのは、この間ようやく名前を聞いたばかりの桜だった。



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