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そして、それを隠そうとしていたのを踏まえれば、その話は竹谷しか知らないと考えるのが妥当なところだった。
そうするとどうなるのかはわからないが、とりあえず竹谷が桜の好きな人が誰であるかを知らないようだというのは、間違っていないだろうと思われた。


好きな人がいようがいまいが、自分には関係ないはずだった。
桜のことで気になることなど、いままでは竹谷との仲くらいだったのに、落ち着かなかった。
ただあえて鉢屋は、余計なことは聞かずにいることにした。
自分から関わるつもりもない。
そう思っていたのに、ちょうどいい状況でバッタリ顔を会わせれば、鉢屋はウズウズしてしまう。
別に聞かなくたって支障なんかない!
そう思い直すのに、誰もいないこの状況を逃す手はないように思えてしまった。

「……何?」
抑揚のない声で聞かれ、ようやく鉢屋は自分が、目の前にいた桜の腕をつかんだのだと気がついた。
聞かなくたっていいと思っていたのに、好機につい、手が出てしまったらしい。
「何……でも、ないです……」
自分は何をしているんだとばかりに、パッと手を離しながら鉢屋は答えるが、桜はほんの少し眉を寄せ、それからこちらの顔をのぞき込んで来た。

「……聞きたいことでも?」
短い言葉のくせに、ど真ん中を突かれて、鉢屋は一瞬つまる。
だが、それを悟られるのは嫌だったので、焦った顔は見せなかった。
「……あるといえばありますが、答えて下さるんですか?」
ついつい口走ってしまったけれど、ここでないと答えておいたほうがよかったのではないだろうか。
普段、鉢屋の言葉くらいでは表情を崩さない桜が、なぜか口角を上げたので、すぐにそう思ったことは散り散りになった。

「それは質問にもよるでしょう?」
全て答えられるわけじゃないと言われたらその通りで、鉢屋だってそれはある程度、予想がついていた。
「じゃあ、質問します……」
してみなければわからないと思ったからだが、鉢屋が前置きすると、今度こそ桜は口元をゆるめた。
「結局するのね?」
咎めるというより、おもしろがっているその桜の言葉に、鉢屋は気をよくした。

桜と話したのは、まだ数えられないくらいしかなかったが、中でも一番、話が弾んでいる気がして、それが鉢屋の気持ちを押し上げているのだ。
「新実先輩には、慕ってらっしゃる方がいるんですか?」
直球だとは思うが、まわりくどい聞き方は性に合わなかったからずばり聞けば、桜は少し驚いたようだった。



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