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「だから、おれじゃなくて! もっと他の誰かだっての!」
それだけは確実だ、と竹谷にしてはやけにきっぱり言うが、果たしてそうだろうか。
竹谷の勘違いということのほうが、可能性が高い気がした。

「大体、菜園に来るのだってさー……」
考えに沈みながら竹谷はそう言い掛けるが、途中でハッとしたように言葉を止め、慌てて打ち消す。
「あっ……いや、何でもない! この先を言ったら、確実に怒られる……!」
何やら思い出したのか、あわあわと自分の口をふさぐ竹谷を見れば、それは桜に、ということだろうか。
竹谷には、桜と何か約束していることがあるのかもしれなかった。

わざと突っ込もうか、鉢屋が逡巡したのは一瞬のはずだったが、先に竹谷が話題を変えるようにさらに口を開く。
「……まあ、あれだ。とりあえず桜先輩が菜園に来るのは、落ち込んだ気分を癒してるってことだよな」
桜が菜園を気に入っているらしい理由を口にした意味はわからないが、竹谷の中でそれは大丈夫なほうに入るらしい。
いまの話の流れでは外れた話になることはなるが、鉢屋としては、それも気になっていたことだったから、すぐに興味を移した。

「落ち込んだって……例えば、どんなことで? 新実先輩がそう頻繁に落ち込むようには見えないが」
それは鉢屋の見解だったが、隣で久々知がうなずいているところを見ると、同じ意見かもしれなかった。
「あっ、あー……まあ、原因はおれの口からは何とも……。き、気分転換の一環ってやつだ」
明らかに挙動不審にしか思えないが、竹谷の様子から察するに、その辺りは桜との約束か取り決めかは知らないが、とにかくそういう部分に当たるのか、濁すばかりで話にならなかった。



気にならないでいられたいままでが嘘のように、竹谷に話を聞いてからこっち、鉢屋はそのことばかり考えていたように思う。
本当はいまだとて、気にしないでいられると思っていたのに、気がつくと、考えてしまっているのだ。
こんな自分は馬鹿げているし、桜になど興味を持つ意味があるのかわからないのに、鉢屋の中には取り留めもない考えばかり、浮かんでは消えていた。

桜の好きな人は自分じゃないと、竹谷はきっぱり言った。
あの後に続けられた言葉と、慌てて途中で思い止まった言葉から察するに、もしかすると竹谷は桜に好きな人がいるのかどうかを、本人から直接、聞いている可能性は多分にあった。



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