涙雨のように冷たく変わる



夕暮れから曇ると聞いていたが、暮れた空は厚い雲のせいですでに暗かった。
天気なんて、いまの自分には何の関係もないと思ったが、降り出した雨は余計に惨めを誘った。
零れて行くのは雨か、止められない涙か、混ざり合った雫はどちらかわからない。
ただ、濡れた頬は、とうに熱を失いかけて冷たかった。

「いい加減にしたらどうだ」
さっきは見逃してくれたのに、あれからだいぶ経つからか、そう言った高坂の声には呆れの色が含まれている。
そんな高坂に、桜は恨めしげな視線を一瞬くれただけで、何も答えを返さなかった。
きっとわかっているのだと、後で考えたら甘えだと自覚すらできることを思っていたから、答えなかったのだ。
それに高坂は一つため息を吐いたきりで、もう何も言わなかった。

見捨てられるなんて、考えたこともない。
だから高坂が姿を消しても、それは気にならなかった。
ただ、ずっと頭を埋め尽くしていた出来事に意識をとらわれただけだった。

グイッと手を引っ張られたのが、それからどれだけ後のことだったのだろうか。
つかまれた腕が温かくて、酷く心地よく感じた。
桜が目を上げると同時に、腕を引っ張るように歩き出されてしまったから、その背中しか見えなかったけれど、見間違う筈もない。
「陣左?」
戸惑うように呼んだ声は小さすぎたのか、高坂は振り返らなかった。

軒下まで来ると、ようやく高坂は手を離し、くるりとこちらを振り向く。
「気が済むならいくらでも、と思ったが、身体を壊したら元も子もないだろう」
用意してあったのか、高坂が乾いた手ぬぐいで顔や髪を拭いてくれる。
手際がいいのは元からだろうが、そうされると自分が幼子になったみたいで、変な気分だった。

「放っておいてくれてもよかったのに」
途中で様子を見に来たり、こうやって連れ戻されたことは気にならなかったが、気が済んだというにはいえず、桜はそう抗議したものの、高坂はそれがわかっていたみたいにため息を吐いた。
「見ているこっちが気が気じゃない」
「……だったら、見てなければよかったでしょう?」
高坂のつぶやきについ、桜はそう返してしまったが、もちろん本意ではない。
だけど、それを聞くと高坂が睨むように視線を向けて来たので、いまのはまずかったのだと、桜にもわかった。

「本気でそう思ってるなら、馬鹿だな」
悪態というより嘆きに近い言葉に、桜は眉をしかめたけれど、反論はできなかった。
伸びて来た腕の中に包み込まれるのが恥ずかしくて、桜は抵抗はしないくせに敬遠する言葉だけは口にする。
「……濡れるわよ?」
「それも、いまさらだな」
打てば響くような早さで返され、今度は有無を言わせないような強さで抱きしめられれば、それが何よりも心地よくて、桜は全身から力を抜いてもたれかかると、ホッと息を吐いた。



End.













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高坂さんは突き放すようなところも垣間見せるけど、多分、放っておけないタイプです。



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