雷雨を待つ夜更け



子供すぎるのが理由だったら、いまよりもっと気持ちは楽だったのかもしれない。
始めから、玉砕する以外の選択肢を持たない恋など、しなければよかった。

その日は雨降りで、きっとこんな夜は来てくれるだろうと思った通りにやって来た山本は、少し荒れていた天気を気にするように、さっきから外の雨音に耳を澄ませているようだった。
帰れるうちに帰っておきたいのだろうとはわかっていたが、桜はそれに気づかないふりをして、雨を気にする山本の腕にそっと触れ、彼の気を引いた。

「……ああ、大丈夫。ちゃんと聞いてる」
不安そうな表情になってしまっていたのか、山本がそう言って頭を撫でてくれるが、桜の話を本当に聞いていたかは怪しいところだった。
それに、宥めるような撫で方が子供をあやしているみたいで、桜はあまり好きではなかった。
「ねえ、この間の草餅、すごくおいしかったわ。また持って来てくれる?」
触れていた山本の腕につかまり、甘えるように身を寄せてねだれば、ようやく山本は笑ってくれた。

「相変わらず甘いものには目がないな、桜は」
今度は頭ではなく、撫でてくれたのは頬で、些細な違いではあるけれど、そちらのほうがずっとよかったから、桜はふふ、と笑いを零していた。
それがくすぐったいからだと勘違いしたのか、山本はすぐに撫でるのをやめてしまったが、桜は気にしなかった。
否定をしなかったということは、またいつか山本は草餅を買って来てくれるということだろうし、それはつまり、またここに来てくれるということでもあるから、桜にはそれがうれしかった。

「……風が出て来たようだ」
入り口の戸がカタカタいうのに気づいて、つぶやかれた山本の言葉に、桜はびくりと身体を震わせる。
雨が強くなったときにもヒヤヒヤしていたが、多分もう駄目だろう。
「そろそろ……」
身を起こしながら吐かれた山本の言葉を遮るように、桜はその腕をグッとつかむ。
もっと天気が荒れる前に帰ってしまいたいのはわかるが、次はいつ、なんて約束できる身でもないから、桜としては名残惜しかった。

子供の我儘だと知っているから、口に出したことはない。
でも、山本はそれをわかっているみたいに、腕をつかむ桜の手に自らの手を重ねてくる。
「またいずれ」
やさしい笑みと共に、そんな言葉をくれたけれど、約束じゃない。
仕事と家庭に優先されるものでもない。
だけど、桜は素直なふりをして、うなずくしかできなかった。

例えば、山本が躊躇するくらいの雨や風や雷だったならば、彼をこの家に一晩くらいは足止めできただろうか。
そして、山本をこの家に一晩も足止めできたなら、自分のほうをもっと見てもらえるようになったのかもしれない。
そう期待してみるが、山本がここに来てくれるようになってから、雷にすら遭ったことがなくて、桜の切なる願いを叶える術は未だなかった。



End.


















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きっと山本さんは不倫をしない実直な人だと思うので、彼女との関係も一線を越えることはない気がします。



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