教えてあげない
ぼんやりと窓の外を眺めれば、山本が軽々とツナを追い越して走ってゆく姿が目に飛び込んできた。
どうやら今日の男子の体育はリレーらしい。
いいなあ、欠伸をかみ殺す。
男子はグラウンドでリレーなのに女子は教室で保健だなんて、不公平だ。


ザワザワと、センセイが何か言うたびに騒めく教室を一瞥して、すぐにグラウンドに視線を戻した。
馬鹿らしい。
顔を赤くして俯いている京子を可愛いと思わないでもないけれど。
セックスだのコンドームだのマスターベーションだの、よくもまあ1単語聞いただけであれだけ騒げるものだ。
こんなつまらない授業を聞いて訳もなく盛り上がるくらいなら、男子リレーでぶっちぎりの最下位を走るツナの応援でもしている方が幾分おもしろい。





「……あ、」





ツナがついに転けた。
思わずこちらも小さく声を発してしまう程度には間抜けな転び方だった。
あいつやっぱりダメだな。
10年後の未来にタイムスリップして能力値が振り切れたマシュマロ星人を倒しただなんて信じられない。
闘ってる時はまあまあかっこいいんだけどなあ。
ぼうっとする頭で下を眺め続けていれば、獄寺が一直線にツナの元へ駆けて行く。
「大丈夫ですか10代目!?」
馬鹿でかい叫び声がこちらにまで響いた。
けれど、獄寺の言葉も盛大なナイショ話に阻まれてこちらにまでは届かない。
いま教室の中は、オンナノコの秘密とやらでいっぱいなのだ。
誰も幼稚な男子のリレーになど興味を示さない。





きゃあきゃあと、また一層彼女たちの声がボリュームを上げる。
授業の残り時間もあと20分。
眠たい盛りの私を置いて、センセイの説明はみんなが密かに気にしていた性交の手順に進んでいた。




「図5を見て下さい」





センセイの声すらも多少弾んでいるように聞こえる。
のろのろと図5へ目をやれば、女性器と男性器の模式図が淡々と描かれていた。
ワッ、と更なる嬌声が飛ぶ。
京子はもう見ていられないくらいに真っ赤になっていた。
けれど、中には案外澄ましている子などもいるわけで。
ああ、経験済みなんだなあ、語らずともそう思わせる雰囲気をありありと醸し出している。
それを周りも感じ取っているのか、普段それほど仲良くないのに話し掛けたりして。
オンナノコってみんなそうだ。
意外とませてて、意外とそういうことに興味もあって。
間違いなく言えるのは、男子なんかよりよっぽどオトナだということ。







私だってそうなのに。
意外とませてて、興味もあって、オトナなのに。
あの人ほどオトナではないにしても、少なくとも彼が思うよりもずっと成熟しているのに。
馬鹿だなあ、我慢なんかして、別に、拒んだりしないのに。




『オトナですから、我慢くらい効きますよ』




記憶の中の低い、穏やかな声が鼓膜を打つ。
どうしてかなあ、そんなに私を大事にしてくれなくても良かったのに。
きっともう会えないんだから、最後くらい好きにしてくれれば良かったのに。
犯罪者のくせに善人ぶっちゃったりして、手遅れだよばーか。








あざっした!確かに低いけれど、あの人とは決定的に違う、色気のない声がグラウンドの隅で上がる。
男子の体育が終わった。
どうやらツナのいたチームはぼろ負けだったらしく、ツナを野次る声とそれに噛み付く獄寺の声がちらほら聞こえてきた。
オンナノコの秘密もここでお終い。
幼稚な男子が帰ってくるから、続きはまた来週。






誰にも言わない、それこそガキのツナや獄寺や山本や、笹川先輩にも雲雀にも言わないけれど。
わたしね、一段だけ階段を上りかけたことがあるんだよ。
色違いの瞳と、長い髪が綺麗な人と。
きっと、もう二度と会うことはないだろうけど。






5限終わりのチャイムが鳴る。
それと同時に教室に男子が入ってきて、女子は素早く教科書とノートを仕舞った。
こうして、秘密は守られてゆくのだ。







(教えてあげない/+10六道骸)

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