こんなに立派な建物になっていようとはさすがの僕も想像していなかった。
十数年前に自らの手で滅ぼしたはずの研究施設の姿を記憶に辿るも、ただ眼前に聳え立つのは明るい色調の大型ショッピングモール。休日であるせいか人でごった返すエントランスと笑顔の従業員の姿には、もはや閉口するほかない。
一体どうしたことか。何がどうしてこうなった。問いかけても、その答えを知る者はこの能天気な平和の中には存在しない。そしてこの光景には、隣に佇む彼女も言葉を発する術を失っているようだった。
「いや、まさか……何というか、ちょっと期待外れだったというか…」
「……」
「もうちょっと…こう、ダークな感じの廃墟になってるとか勝手に思ってたから……草も伸びっぱなしで、烏が飛び交ってたり、ヤバそうな雰囲気の場所なんだろうなって……まさかショッピングモールになってるなんて、ね。」
「黙りなさい」
「ごめん」
珍しく素直に謝罪を口にした彼女に煽られるかのように憤懣がたまってゆく。
何も彼女に僕を煽る意思はなかったのだろうが、あまりに核心を突いたその言葉は苛つきを助長した。
しかし、ここで彼女に当たるのもお門違いだ。白いコーヒーカップを持ち上げ、口元へ運ぶ。頼んでもいないのに砂糖のしこたま入ったコーヒーが口内を泥々とした甘い渦で染め上げた。
このショッピングモールの3階に位置するガラス張りのカフェに入ってしまったことを後悔する程度には口内が違和感に悲鳴をあげる。
「馬鹿みたいに甘い、」と一言。
そんな些細な事柄にすらも眉を顰めた僕を、彼女は苦笑いに近い表情で見つめた。
お互いに久しぶりの休日ということもあって、どこかへ出かけようという話になった。そして恥ずかしいことに、昨日の夜に見た古い映画のせいか、何となしにお互いに朝からシリアスな気分だった。
ただそれだけの条件だったが、ポツリと、彼女が言ったのだ。
僕の生まれた場所が見たい、と。
しかし、僕の生まれた場所など覚えているはずもない。
彼女と違って実家もない。
故郷すらない。
何もない。
そうなると、彼女に出会う以前の段階で僕と関係の濃い場所など限られている。その筆頭がエストラーネオファミリーの実験施設だった。
そうと決まれば早かった。
もやもやと渦巻く安いメランコリーの急き立てるまま、僕と彼女は車に乗り込んだのだ。
「ふっ、あはは、なんか恥ずかしいな。ちょっと郷愁に浸りたくてここまで来たのに、まさか実験施設がこんなことに…」
「あのねえ、お忘れかもしれませんが、ここは紛れもなく僕がこの忌まわしい右目を植え付けられた因縁の場所ですよ」
「ショッピングモールになっちゃったけどね。」
「黙れ」
「はーい。」
笑いを堪え切れない、とでも言わんばかりに緩んだ口元に、ティーカップが運ばれる。彼女がオーダーした紅茶にも馬鹿みたいな量の砂糖が入っているに違いない。そう予想した通り、一口目で彼女は何とも形容しがたい表情を浮かべた。
ざまあみろ、馬鹿女が。
「あまい」
「ご覧なさい。苛々する甘さでしょう。」
「いや……別にそこまでは思わないよ。ほら、幸せの味ってやつだと思えば…」
「はっ、」
「鼻で笑いやがったこいつ……!あながち嘘じゃないのに。」
くるくると、頬杖をつきながらティースプーンをカップで回す。中で溶けきらなかった砂糖の粒がふよふよと浮いては沈み、沈んでは浮き上がる。それは、よく見れば彼女の耳元でゆらゆら揺れるピアスと同じ形をしているように見えなくもなかった。
「だってさ、骸があの施設を潰さなかったらこんなに賑やかなショッピングモールにはならなかったわけじゃん。」
「……」
「それって、幸せなことだと思うけど。」
「……」
「ほら、周りの人も楽しそうだし。」
すぐ隣のテーブルの若い夫婦のおだやかな声が鼓膜を打つ。ちらりと横目で見てやれば、妊娠でもしているのか、女の腹は微かに膨れていた。
むずむずといやに居心地の悪い感覚がこみ上げる。
あの女のティーカップにも、尋常でない量の砂糖が入っているのだろうか。
あの男のコーヒーカップにも、同じように泥々の甘さが渦巻いているのだろうか。
チラチラと周囲を伺っていれば、僕の前髪を一房掬って、彼女が微笑む。
「この場所はさ、骸が作ったんだから。十何年ぶりかの凱旋じゃない?」
黙りなさい、と。
本日何度目になるかわからない悪態を使い回す。
こんなに光の当たる場所は、本来の僕にはそぐわないのだ。
この黒一色の人生が、このような場所を生むことなどあり得ない、似合わない。
しかしただ一つ言えることは、この光の差す場所にも僕が存在することが許されたということ。
彼女と一緒であれば、の話だが。
(白日/六道骸)