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「お前だけは、許さない……!!」
「あやつらを打て」


青蘭の指示通りに、後ろに控えている坊主たちは弓を構える。


「子供と神子様に当たりますな」
「惑わされるな。ただの人の子があのように笑っていられる訳がない」
「しかし…神子様には」
「構わん。あのような鬼などに懐いた報いくらい受けさせるべきだ。それに、そう簡単に死にはせん。―――射て!!」


一斉に放たれた矢がこちらを襲ってくる。それすらも意図も簡単に信乃は村雨で薙ぎ払うだけ。それだけで、彼の周囲の矢は全て一掃された。だが、鬼までもは守れなかったのか矢が一直線に向かってくる。そこには汐慧も居る。信乃は駆けだすも矢の方が速度は速い。間に合わない、四白の荘介も遠吠えをあげる。
白い腕が宙を舞う。線を描き繋げ、輪を作り、彼女は囁く。絶え間なく吐きだされる小さな吐息と共に。


『盾』


その唱えた言葉通り、彼女の白き掌から生み出された水の保護膜が彼女達を覆い包む。全ての矢が弾き飛ばされる。その光景を目の当たりにして、信乃も荘介も驚愕していた。


「戦えたのか、あいつ」
「信乃!!」


余所見をしていた信乃に対して青蘭が追撃の矢が彼を襲う。信乃を護るために荘介が跳躍すると信乃目掛けて射抜かれた矢は荘介を貫いた。声にならない声を上げる信乃はそのまま荘介を抱きとめる。


『しのっ…、そうすけさんっ…!!』


か細い声ながらも彼らを叫ぶ汐慧だったが、村雨から離れてしまったため彼女の力も限界を達してしまい。水の保護膜が失っていき、止めの矢が汐慧を射抜くその前に彼女を護ろうと動いた鬼が身代わりに貫かれてしまう。その呻き声に汐慧は視界が役に立たないその瞳を目一杯開かせながら、叫ぶ。


『現八さんッ!!!』
「汐慧!!」


信乃が叫ぶと同時によろめいた鬼はそのまま塀から下へ落下する。彼女をしっかりと抱きとめて川へと落ちる彼女達を見て、信乃も荘介を抱きとめたまま橋から飛び降りる。浮遊感から一気に冷たい衝撃があたり、彼らはそのまま川底へ沈みゆく。だが、川の回流が速く、息継ぎが出来ずに意識を手放す彼らだが、その中で汐慧だけが瞳を開けた。
水の中に含まれる懐かしい感じに浸っている場合でもなく。汐慧は考える事を後回しにして気を失っても抱きしめてくれている鬼を水の泡で作った水泡の中に包み、酸素を取り込む。流れの回流を読み取り、流されていく信乃たちを見つけると水泡で彼らを助ける。


「ぶあ!!げほげほっ。げへっ…っ!!」
『信乃、大丈夫?』


信乃の背中を擦る汐慧の冷たい手に信乃は咳込みながらも振り返り、彼女の呂律もしっかりとした元気な姿に疑問もあったが、溜まらずに汐慧に抱きついた。


「汐慧!無事でよかった……」
『信乃……、ごめんね。心配かけて』


彼女がゆっくりと信乃に腕を回して背中を擦ると信乃は甘えるように彼女の香りを嗅いだ。すると手首に生温かい感触がして信乃の上から覗くように見れば、四白の姿の荘介がいつの間にか切った切り傷のある手首を癒す様に舐めていた。初めて四白の姿をした荘介を見たというのに、汐慧にはその犬が荘介だと解っていた。


『荘介さんもごめんね』
「いえ。痛みますか?」
『大丈夫』


微笑む彼女に荘介はその掌に鼻孔をつけるので、汐慧は荘介を撫でてあげる。だが、信乃は彼女の後ろに居る者に驚きの声を上げた。


「こいつっ……!何で汐慧にひっついてんだよ!しかも人に戻ってる」
『私を助けるために庇ってくれたの』


回流であすなろ抱きになってしまったのだが、それでも彼女を護るように離さない人の姿に戻った現八を見て汐慧はどこか安堵したような笑みを浮かべるものだから、荘介が撫で続けてくれている彼女の手を甘噛みした。


『ッ!?そ、荘介さん?』
「すみません。つい」
「ついじゃねぇ、噛むな!」


信乃が荘介を叱るように、飼い主がペットを躾ける様なその図を、微笑ましいと思い眺めている汐慧の感性は、やはりどこか変だった。


「それより、汐慧は急に元気になったな。身体は大丈夫なのか?」
『…大丈夫じゃないから、信乃のポケットに入るふさふさちゃんを貸して』
「はあ?ふさふさって……ッ!!」


ポケットに手を入れると信乃は青ざめた表情をする。その感触に恐る恐る取り出すと案の定、あの得体のしれないグロテスクな眼玉がギョロギョロと動かしている。それを手放す様に投げて寄越された汐慧は、指先でそのゲテモノをつつきながら『 お願いね 』と言うとそれを水泡の外。つまり、下へと押しこむように入れると、それが膨張し、膨らみそのまま彼らを水面へと誘った。
指を鳴らせば薄い膜がパチンと音を立てて無くなり、周囲は水面下で見るよりも寒々しい風を頬に感じた。
暗い水の中よりも外界に出ると視界が開き、明るさも月光で見易くなった。それのおかげなのか、信乃は荘介に刺さった矢の存在に気がつく。


「荘!!お前…背中!!」
「大丈夫ですよ。そんなに深くありませんから」


その声に汐慧も荘介の傍へ行き矢の部分に手を充てた。


『……毒かもしれない』
「っ、荘介」
『大丈夫信乃。私に任せて』
「汐慧……」


信乃の不安そうな表情を和らげるために笑みを浮かべて信乃の頭を撫でる。現八にも同じような矢が背中に刺さっている。二人がいくら特殊だからと言っても一刻の猶予もない。そう考えた汐慧は、瞳を瞑り気配を辿った。瞳を開けた時、行く先は決まった。


『このまま下流へ行こう。そこで小文吾君が待ってる』


肆章 慈しむ鬼よ愚かさを嘆け 完
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