Reunion of tears



【 あの子に教えてあげて。君の言葉なら届く。期待しているよ土御門春虎。 】



大蓮寺鈴鹿が、泰山府君祭を土御門家の台座で行ったあの時。土御門春虎の耳には、柔らかで優しい声が聞こえた。
その鈴の音がなるような声に驚くが、次の瞬間彼を拘束していた札が、風に裂かれたように、取れていく様を眺めながら意識は別へと変換された。
あの時の声の主を再び思い出すのは、彼が東京の学校へ転入した後だということを彼女以外知らぬ出来事だった。



「長暇休暇は困りますよ、詩呉さん」
『すみません』



長暇休暇明けの翌日、陰陽塾に登校した際に呼ばれた塾長室にて。倉橋美代さんに穏やかに責められる。
謝罪しか許されないその威圧的な人間性は、歳を召した方による特有的なものにも感じられた。頭を下げてると再びその穏やかな声で名前を呼ばれて顔を上げれば、やはり、特有の温かい微笑を浮かべていた。



「甘やかしは彼女のためになりませんよ」
『お言葉ですが、上から丸め込めたとしても本当の意味を理解出来ないと思いますけど?』
「口が達者になりましたね」
『お褒めの言葉光栄です』



言い終えると互いに笑い合う。今から数えると長い付き合いになるのだが、とても考え深い。一頻り笑い合うと、真面目な話をし始めた。



「昨日から転入生がいらしてますよ」
『そうですか…』
「これからより一層忙しなくなると思います。詩呉さん、よろしくお願いしますね」
『仰せのままに』



頭を下げてから、扉の前まで移動する。
ここを出て廊下の突き当たりを曲がり教室へ行けば……。私の想像はそこで終わる。色鮮やかに今も鮮明に思い出せるあの頃を懐かしむのは私だけ。感傷している場合ではないのだと切り替えながら自身の職務を全うしようとその扉を開いた。



「彼女の星が動く、これを真に受け入れるべきか流すべきか。あなたには辛いものがありますね」



倉橋美代は膝に寝そべる猫を撫でながら窓辺に佇むモノに声をかけた。そのモノはその鋭い眼差しを悲しそうに歪めた。



教室へと続く扉の前で立ち止まった。この先に、きっと君が居る。
そう思うと伸ばした手が宙を掴んでは落ちていく。今更ながら私の指先は迫り来る恐怖に震えていた。

平気だと言い聞かせて来たのに、いざとなると無様に震えて泣きすがりたくなる気持ちにかられる。弱い自分の弱い感情が溢れ出しそうになる心に蓋をした。
ここにいる目的と責務を思い出し、それを全うするだけだと唱えながら震える手をごまかしてドアノブを捻り眩しい室内へと足を踏み込んだ。

中に入るとそこは、相も変わらず机が連なり、同い年の子達が密集していた。
不思議な場所。ゆっくりと進んで行き、自分の席に座ると隣人である百枝天馬が親しみの変わらぬ笑みで迎え入れてくれた。



「おはよう詩呉ちゃん」
『おはよう天馬』



クラスメイトで友人の天馬と暫く談笑をする。緊張しているのか妙な焦燥心だけがせめぎ合う。尻込みしているなんて情けない。自称気味に笑った。



「詩呉ちゃん?」
『…続けて』
「それでね、昨日から転校生が二人転入してきたんだ」
『そうなんだ』
「二人共男の子で調度、あ。春虎君!冬児君!」



天馬が二人の男性の名を呼び声をかけると気がついたのかこちらへ歩み寄ってくる。
真新しい制服に身を包む金髪の愛想の良さそうな男の子とヘアバンドが特徴的な綺麗な顔立ちの男の子へ向ければ、どちらが、彼なのか何て愚問だった。胸が締め付けられる想いを誤魔化すように口角を上げる準備をした。



「よっ、天馬」
「あ、冬児君。春虎君」
「はよー。ん?えっと…」
「紹介するね。今日から復帰した月詠詩呉ちゃん」
『よろしくお願いします』
「復帰、とは穏やかに聞こえないが?」
「うん。家の事情で今まで休んでたんだよね?」
『昨日転入してきた土御門春虎くんと阿刀冬児くんですよね』
「何で俺らの名前知ってんの?」
『先程まで塾長室に居たので…』



春虎くんはなつほど!と手のひらを手で打つ真似をする。どうやら土御門春虎はとても純朴な青年のようだ。
彼を観察しながらふと、視線が気になり目線を上げるとそこには切れ長な彼の瞳が私を捉えていた。
そして彼は手を伸ばして来て、咄嗟のことで固まっていると頬に触れられるその指先には水滴が付着していた。



「涙だな…」
『え……っ』



彼に指摘されて自身でも頬に触れると確かに濡れていた。次々と溢れ出てくる涙に私は眉を寄せた。
ああ、心が痛い。キリキリと痛みが支配していることがわかる。それは後悔と罪悪とそれから……。



「大丈夫か?」



あなたに逢いたかった。でも逢いたくなかった。どうしようもなく、逢いたかった―――。



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