Face each other not mind



「便利やな、独立祓魔官クラスやったらフェーズ2くらいイチコロや」



陣さんの授業風景が異質に思いつつも画面に映る彼の姿は、少し見ない間でも変わらずだった。元気そうで何よりだ。くすりと笑っていると陣さんの嫌味な視線が私を捉えるから、咳払いを一つしてから講義に集中した。
隣の京子は私が休んでいる分の講義が進んでいる事について少々心配しているせいか、顔色を伺うかのように視線を感じてはいる。
いつも優しい京子なのだけど、彼女は少し浮ついていた。それは多分【土御門春虎】という存在が大きく尾を引いているのだと思う。いいきっかけになるんだと思っているんだろうな…。
複雑な人間模様。様々な思惑、思想が絡み合い、ぶつかり合い、競い合う。いい意味でも悪い意味でもここは陰陽塾ということだ。そんな時、隣からいきなり京子の威圧的な声が聞こえてノートから顔をあげた。



「遅れている自覚のない人の所為で時間を無駄にしたくありません」



京子の視線が完全に春虎くんを捉えていた。目の敵にしすぎて周囲が見えていない。夏目さんのことになると京子は少々暴走しすぎだ。



「着いてこれん者は切り捨てるべき、と?」
「はいっ」
「まあ、陰陽塾としても先も分からん奴を救い上げたとしても意味はないな。自覚のないヌルい連中はさっさとご退場願った方がええ。それが塾の方針や」



陣さんの言葉の端々から何かを訴えかけているものがあった。着いてこれないから切り捨てる。それで何が学べる?何が得られる?様々な人たちが考えるだろう。彼の口にする言葉の意味を。
彼の真剣なその眼差しに誰もが口を閉ざす。真摯に聞き入れる。だが、次の瞬間、先生としての大友陣が顔をのぞかせた。



「でもな、僕はこの塾の方針があんまり好かん」
「好かんってそんなっ」
「矛盾しとるよな?でも陰陽塾は僕の考えを承知の上で担任に据えとるんや」



不意に、倉橋美代が頭の中に浮かんだ。あの人は全て計算の上で、運命という軸に乗っ取り行動を定めている。彼然り、私然り。その上で、彼は何を言わんとしているのだろうか。先生らしい先生、大友陣は生徒らに何かを訴えかけていた。勉学での成長とは違う。何かを―――。



「なんでそんな事してるんか君らにはわかるかな?それが―――、呪術というもんやからや」



生徒たちが複雑に顔を顰める。意味が理解し難いのだろう。無理もない。人間の思考やら感情、目論見などを彼は呪術として見立てて説明したのだ。全てに置いて呪術というのは利益もあれば不利益もある。全部が全部為になることでもない。決して無駄なもののように見えて、本質は違うなど奥が深い。
様々な考え方を持って、これからの勉学に励むことを彼は促したのだ。



「どや?大人の世界は複雑怪奇やろ?」



複雑すぎて思考が追いつかない。それでも彼らはこれから徐々に学んで行けばいい。そのための陰陽塾でそのための学生なのだから。くすりと、喉が笑う。陣さんは私のことを見つめて眉を下げた。そして矛先はこの話の中心人物である春虎くんへと向けられる。



「君はどう思う、春虎クン?」
「俺は…、確かに講義にはついて行けてないし。それを考慮してくれるなら正直、助かります」
「皆が迷惑を被っても平気なわけっ?!」



京子が我慢ならずに立ち上がる。それでも春虎くんは言葉を続けた。



「いや、悪いと思う。申し訳ないと思うよ。でも、今は俺も皆と同じ塾生だ。だから悪いとは思うけど遠慮はしない」



彼の目には決意が露わになっていた。それは、自暴自棄とかではなく。純真さ故の向上心。



「自分が第一に陰陽師になることを優先させてもらう」



その回答に夏目さんも陣さんも、間違いはなかったと思ったはずだ。だが、京子は引き下がれなかった。



「ここはトップクラスの人間が集まる場所よ!アナタみたいに才能のない人はっ!!」
『きょ「そこまでだ痴れ者!!!」



流石に今の発言はよくないと思い、京子の止められない暴走を止めようと声をかけるも、それは春虎くんの護法式によってせき止められ、挙句の果てに転けてしまった京子に巻き込まれて私も京子のお尻の下で伸びるはめとなった。



「ちょっと!!詩呉に何するのよ」
「何するも第一にそなたの発言の問題ではないか!」
「その前に詩呉を心配しろっ、お前ら!!」
「大丈夫?」
『ありがとう、天馬』



天馬に手を貸してもらい床から立ち上がると【私】という追加項目も増えて更なるヒートアップが繰り広げられていた。



『何か…ごめんなさい』
「いや、詩呉ちゃんの所為じゃないよ」



止めに入ろうとしたのに、結果的には火種の投下にした役に立ってない。震える拳を掲げてはがくりと肩を落とした。そこへ陣さんの制止の拍手が二三回鳴り響く。



「やる気と元気は大いに結構!ここはひとつ、式神勝負といこうやないか」
「……なんでやねん」



突拍子もない陣さんの提案にクラス中が小さくざわめいた。私には、溜息しか出てこなかった。
生徒たちが呪練場へと席を立つなか、私も立ち上がろうと準備をしていると後ろから声をかけられた。



「詩呉」
『ッ阿刀くん』



何で声をかけて…しかもいきなり呼び捨てですか。驚きのあまり裏声が出てしまったほど慌てた。口を紡ぎ相手の出方を伺っていると、彼は何でもないかのように言葉を繋げた。



「呪練場って何処にあるんだ?」
『……何故、私に』
「お前に興味があるから…じゃ、足りないか?」
『発言に気をつけた方がいいよ』



この男は何を言うのだ。まったく、心臓に悪いことばかりして……。



「俺の気持ちを疑うのか?本気なんだけどな」
『尚更立ち悪いよ』
「まあ半分だけだ。単純な話。お前と天馬くらいしか反応してくれないからな」
『そこは夏目くんに頼んだら?』
「それが、先に行かれたからな」
『あ、本当だ。でも、何も私に頼ることはないんじゃない?私とは今日知り合ったばかりだし』
「今日じゃないだろ」
『へ』



彼の口が息をする瞬間、私は―――彼の言葉を制止させた。



『私っ、大友先生に呼ばれてるの。だから案内なら天馬がしてくれるから天馬を頼って。それじゃ!』



早口に早々とそう告げると私はこの場から逃げ出すかのように陣さんの元へ駆け出した。



「…あいつは嵐か」
「いつもはあんな態度取らないのに」
「そうなのか」



彼の視線が気になる。彼の言葉が気になる。あの先はなんて言おうとしたの?もしかして覚えているの?いや、まさか……そんな言葉ばかりが堂々廻りを始める。
感情だけが先走り、冷静に判断が出来なくなる。期待と絶望、哀しみと喜び、どちらも平等に存在している心の中で私は、耳を塞いで逃げ出した。



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