次回




ドイツから移築してきた城を立てた、城主は城に纏わる話を一つ持ち帰った。
国一番の美しいお姫様の傍には腕利きの騎士がいた。
幼少の頃から同じように育てられたふたりはいつしか恋仲に発展した。
しかし、お姫様と騎士では釣り合いがとれないと考えていた騎士はお姫様と結ばれてはならないと一線を引いていた。そんなある日。お姫様に婚約の話が舞い込む。勿論お姫様は隣国の王子と結婚などしたくない。騎士はお姫様の婚約の話に賛同する。ところが、騎士は王子の悪名高い悪評をきき、姫に仇名す者は何人たりとも許すまじと、王子を殺してしまう。
王子を殺した罪により捕まった騎士は、姫の目の前で処刑され。首を切断されてしまう。再び姫に婚約の話が舞い込むが、その度に首のない騎士の死体が夜な夜な徘徊しては、姫と結婚する王子たちを殺し続けた。

その愛しくも悲しい物語は……現代の世に再来した。



「シャーロット、ってお前の知り合い?」

部活を終え部室で着替えていると肩に腕を回されて馴れ馴れしく声をかけてきたのは、郡山英治先輩。三年生で補欠。俺が言うのもなんだけど、女子受けのいい顔をしている。

「なんっスか、藪から棒に」
「お前の盗難事件を解決したって小耳に挟んでさ。俺にも紹介してくれないかと」

郡山先輩の甘いマスクが美的に微笑む。
あまりいい噂の聴かない先輩だ。特に女性関係は俺の知っている中じゃショーゴくんと同類だと認識中。そんな奴をるいっちに引き合わせるなんて、狼に兎を差し出すのと同等だ。断固拒否。反対。出なければ俺が嶺岸先生に絞め殺される。
悪夢の予想に身震いをさせてから、郡山先輩の腕を退かし断った。

「あーいや、辞めといた方がいいっスよ?彼女気難しいって聴くし。事件の依頼でもない限りは会わないと思うっス」
「なら大丈夫だな」

郡山先輩の言葉に「え」と俺の間抜けた声が木霊った。

>>

翌日。郡山先輩が放課後彼女の元へ訪れる予定を聞きつけた俺は、急いでるいっちを進路室から連れ出して何処かの教室へと滑り込んだ。
ここまで走って連れまわして来たが、怒っているだろうかと振り返ると、彼女は息も絶え絶えに死にそうなほど床に崩れ落ちていた。

「え゛えぇー!!るいっち!!?だ、大丈夫?」
『はぁ……はぁ……と、とっぜんきみぃがはしゅりだしゅもんだから、もちゅれただけにゃ(突然君が走り出すものだから、縺れただけだ)!』
「呂律回ってないっスよ、かわいいッブふ?!!」

息を乱しながら彼女は俺の頬を拳で殴った(でも女の子だから力が入っていないので風がそよぐ程度の力だった)。

「あー……もしかして、運痴?」
『汚い』
「違う意味だってわかってるクセに」
『……運動出来なくても将来に差し障りがない』
「あるでしょうよ、今現在」
『そんなことより!一体全体どういう訳でここまで連れ出したんだ』

腰を手を当て如何にも怒っている態度を見せる彼女に頬をかきながら「あーいやー」と説明するのを渋った。素直に話して納得してくれるか微妙な線だ。
言葉を濁していると「やっぱりここか」と扉から姿を現したのは、やはりと言うべきなのか郡山先輩がいた。

「女神を独り占めするなんて流石傲慢だな、黄瀬」
「それを言うなら強欲なんスよ、郡山先輩は」

咄嗟にるいっちを自分の背後に隠し郡山先輩と対立する。
だが、郡山先輩は構わず俺の後ろに居るるいっちへ挨拶をした。

「初めまして、藍沢さん。俺は郡山英治。黄瀬と同じバスケ部に所属している。笠松と同じ三年生だ」

腰をかがめて彼女と会話をし出す郡山先輩。俺の後ろで身を隠すようにしていたるいっちは聞き覚えのある名前を出され徐に口を開けた。

『どうも』

だが、俺の後ろから一歩も前には出ず。腕の裾を掴んでくる。何この小動物かわいい、とか思っている脳内はとりあえず蚊帳の外へ追い出しつつ。俺は郡山先輩に断固拒否を意思表示した。

「ちょっと辞めてもらっていいですか?」
「なに?黄瀬の彼女なの?」
『違う』
「即答??!」

護ろうとしている俺に対する仕打ちが酷いんデスけど??!!
雪崩落ちるかのように、その場でしゃがみこんだ俺を余所に、るいっちは少々不服そうに腕を組んで怒っていた。何故ですか……。

『私に話しがあるんじゃないんですか、センパイ』

るいっちが全てを見透かしたように先輩へ問いかけると、彼は満足げに笑みを深めた。

「依頼をしたい、シャーロット」

>>

郡山英治。
資産家の息子。文武両道、成績優秀、好青年だと彼を評価する、表面だけ。実態は女性は引く手数多な女性好き。その甘いマスクで何人の女を泣かせてきた逸話もある程、根本的に下半身が糞駄目男だ。
これでもバスケ部の先輩で補欠レギュラーのひとり。まあ彼の座は俺が加入したことにより転落したから、俺に恨みを抱いていると常に思っている。自意識過剰とかではなく、本当に。男の嫉妬は女性とは非なるものだが、これはこれで相当卑劣である。特別何かされたことは未だないが、影で何かされる可能性は多いにある。男に嫉妬されるのは、とてもじゃないがお断りしたいものだ。
そんな郡山先輩が、最近親しくし始めた藍沢流に興味を持ち、これは好機と声をかけに来た。この事実を俺は怪しんだ。まさか報復を彼女へもたらすのか?そんな責任転換させてたまるか。と腕を組んで本日、るいっちっと共に奴の屋敷というか、城へと足を運んでいた。

「(城だ)」
『(城だ)』
「…なんかシン●レラ城みたいっスね」
『うん…多分ノイシュヴァンシュタイン城だ。ドイツから移築したんだろうけど、日本にこんな城があるとは驚いた』
「さすがるいっち。博識っスね。かっこいい」
『こんなところで褒められても返答に困る』
「確かに……、ところで、これがふたりのはじめてのお泊りなんてドキドキしちゃうっスね」
『薄ら寒い』
「間違いが起こるかも!」
『……きしょ』

小さな声で彼女は俺を冷ややかに見ながら罵倒した。
何故だろうか、ちょっとイイ。胸にくるものを感じながら彼女の背を追いかけて荷物を持ってあげる。女の子は手荷物が多い。仕方が無い。構造上の問題と言うやつだ。
しかし……なんだ、この城は。某遊園地の城か。西洋風っていうのが軽くイラっとするわ。赤司っちと同等か、或いは少し下くらいだろうと予測する。だが金持ちでイケメン……敵だな。
くだらない発想をしつつベルを鳴らすと中から執事らしき男が恭しく頭を垂れた。うわ…本格的……。

「お待ちしておりました。藍沢様と黄瀬様ですね」
『はい』
「ようこそおいでくださいました。どうぞお部屋へご案内いたしますので」

るいっちの名前を耳にした瞬間執事の対応が変わった。もっと謙った。
大層な扉の中へ招かれ、天井にはシャンデリア、中央に続く扉に左右には大きく孤を描く階段がふたつ。やっぱり某アニメーション映画の影響か……。
眉根に皺を寄せ、ややひきつる頬。周囲には絵画がこれでもかと飾られている。嫌がらせ……いや、権力の象徴かな?金持ちの思考はついていけない。

「やあ藍沢さん。待っていたよ」

はい、権力者の登場です。拍手でもしてやろうか。
と言わんばかりの登場の仕方。おまけに階段を優雅に下りてきた。ますます敵だと思う。るいっちは礼儀正しい子なので『お招き頂きましてありがとうございます』とスカートの裾を少し持ち上げて頭を下げる。ああ、そんなことしなくてもいいような気がするよ、るいっち。と思う反面、そんな彼女の小さな手を取り手の甲にくちづけをするって気色悪いわ。お願いだから二次元だけにして。という気持ちを理解した。
さっと間に手刀を入れてるいっちの肩を抱き距離を置かせる。にこりと営業スマイルを浮かべながら「センパイ」と口を開く。

「いやー凄い豪邸っスね」
「そうか?外堀が豪勢だからそう見えるだけだ。内装は普通だよ」
「一般家庭がこんな内装だったら今頃ホームレスはいないっス」
「嫌味を言ったつもりはない。悪いな」
「いえいえーアハハハハハ!(赤司っちを今すぐ召喚したい)」

灰かぶり姫だって夢見たお城のような外観で何を言ってやがるこの男。
どうせここは女を連れ込むにうってつけの場所だろうよ。精々るいっちに嫌われるんだな!彼女はチャラい男は嫌いなんだよ!(多分)

「部屋を案内してやれ瀬川」
「かしこまりました」
「俺は広間にいるよ。荷物を置いたら来てくれ」
『はい、わかりました』
「ではご案内いたしますのでこちらへ。荷物はお預かりいたします」
『どうもすみません……おい、どうした黄瀬くん?』
「いや…なんでもないっス」

自分で思って、自分で傷ついた阿呆だ。
執事の瀬川さんに連れられ宛がわれた部屋。何の配慮かわからないが、るいっちの部屋の隣りだった。これは間違いを起こしてもいいのだろうか……爛々とした眼差しでるいっちを見つめたら心底嫌そうな顔をして颯爽と部屋の中へ消えていってしまった。……そんなつれない所も魅力的だと思う。最近の俺はどこかおかしい。尊敬とは恐ろしいものだ。

それから荷物を置いてるいっちとふたりで広間へと目指した。長い廊下に沢山の扉の数々はまさに圧倒的だった。道に迷うのは仕方が無い。





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