お茶会を開催します。




俺は今日も訪れていた。今回はひとりで。
進路指導室の扉を叩く一年生の俺を見たら周囲はきっと「黄瀬くん気がはやい」と囃し立てるだろう。けれど、俺にはこの中いる人物に用がある。それはカウンセリングではなく、ただの依頼者として―――。


「やっと来たか、校内一のモテ男!」
「……嶺岸先生。藍沢さんいますか?」
「んだよー、ちっとはツッコめよ。何で訪れること知ってたんですかーとかさ」
「今更そんな事で驚かないですよ。だって知ってたんでしょ?俺がここに来るって」


嶺岸先生はにやりと口元を怪しく吊り上げて椅子から立ち上がりカーテンの向こう側にいる彼女に声をかけた。二三話してから、先生は「どうぞ」と恭しく頭を垂れてカーテンを開けた。
中には藍沢さんが窓辺にぶらりと寄りかかり退屈そうに、外の景色を眺めていた。俺へ視線を投げてから、長い息を吐き出す。


『遅い……』
「いや、これでも放課後ダッシュできたんだけど」


断りを入れてからソファーに座ると、嶺岸先生が当たり前のように俺の前に紅茶のティーソーサーを用意した。勿論彼女の紅茶も新しく注ぎいれ再びカーテンの奥へと引っ込んだ。
用意された紅茶を一口飲んでいると、彼女も俺の向かい側に腰掛けて紅茶に角砂糖を一ついれていた。
訊ねていないのに、彼女の口は軽やかな音色をつむぎ出す。


『小林翔太が何故君の物を盗んだのか。それは……嶋田恵理のためだ』
「……それって女のためってこと?」


気だるげに湯気へ息を吹きながら紅茶をすする彼女に対して、俺は眉を顰めた。
男の友情は女よりも強固だと聴いたことがあるが、嘘なんじゃないかと思う。
ティーソーサーの上にカップを戻し、真ん中に置かれたクッキーを一つ手にとり咀嚼する彼女。


『最初は、な』
「最初?」
『取るに足りないものばかり盗まれただろう。あれは全て嶋田恵理に頼まれた事だ。彼女は自慢していたそうじゃないか。君と同じ物を所有しているとか』


もぐもぐと口を動かしながら手についたカスをティッシュでふき取る。
丁寧に食べる子だな、と関心しながら俺もクッキーへ手を伸ばして食べた。


「じゃあ惚れた女のために、友情裏切ってやってたってこと?でも何で好きな女が嶋田さんだってわかったの?」
『小林は下の名で呼んだでしょ。犯人予想の質問を投げたとき。あれは佐藤くんが部外者と言って彼はここで部外者の名を言っても怪しまれないと算段したが、咄嗟に出て来たのは慣れ親しんだ名前。男が女の下の名前を呼ぶとき、それは恋人か、好きな人か、幼馴染のいずれかに該当する。嶋田恵理は君に告白をした。ということは好きな人だとすぐに認識した。好きな人を陥れるとするならば一体どんな関係か』
「それを確認するために嶋田さんに会いに行ったってことか」


そうだ、と頷き。彼女は再びクッキーをかじった。


『嶋田恵理と小林翔太は小学校から高校まで同じ学校出身者。だから彼女も彼のことを下の名前で呼んだ。そして嶋田恵理は小林の気持ちを知っていて利用した』
「あの時怯えていたのって俺に知られたくなかったから」
『そういうことになる』
「なるほどね…」
『悪質になってからは小林の単独犯行だけど』
「それってやっぱ……嫌われてたんだ」
『……小林翔太。人柄性格共に温厚。成績は優秀。君とも良好な関係を築いていた……人は魔がさす。彼は不幸にも状況が揃ってしまった。一つは長年片想いしていた相手がフラれた事。二つ目はそのフッた相手が怪我をしたこと。好きな女のために友情裏切ってまで尽くして来たのに、想いは報われない上に結果彼女も上手くいかない。一体何のために今まで……という行き場のない感情をぶつけてしまった』
「つまり……揃わなければ小林もこんなことはしでかさなかった?」


俺の言葉に彼女は肯定も否定もしなかった。ただ首を真横へ向けて髪を背中に流した。でもその瞳は優しく、溶けていく感覚に陥る。
彼女はきっと俺を励ましたかったんだ。羨み、妬み、様々な感情が鬩ぎ合い渦を巻いて蠢く人の感情。
小林は最初から俺が憎かった訳じゃない。もしかすると嶋田さんに頼まれたときも断ったのかもしれない。そう置き換えると、俺は今まで接してきてくれた小林のことを何となく許せそうな気がしてきた。


「モテる男はつらいっスね〜」
『後ろから刺されなくてよかったね』
「物騒なこと言わないでくださいっスよ!るいっち!」
『……はあ?るいっちってなに?』


カップを口元で傾けていたが俺の渾名呼びと口調の変化に、カップを戻し眉を寄せた。そんな顔をしかめなくても…と思うが、仕方ないじゃないか。だって俺、君の事尊敬しちゃったんスから!


「だって藍沢るいって名前なんスよね?だからるいっちって渾名を」
『いや、流なんだけど』
「……へっ?」
『小学生で習う漢字を間違えるとか……君って心底馬鹿なんだね。噂どおりで何よりだよ』


呆れた物言いで紅茶を再び飲みだす藍沢流。女の子だからてっきり…と思っていたけど意外に名前が男っぽい。容姿はかわいい感じなのに。
でもやっぱり俺の中のイメージではもうるいっちっていうのが定着してしまっているから、このままそう呼ばせてもらおう。


「るいっちって6組なんスよね?今度昼休みに遊びに行っていいっスか」
『来るな。面倒くさい』
「えぇー冷たいこと言わないでさ〜、あ、じゃあここに来るよ!いいでしょ?」


うげぇ、という顔をしている彼女だけど。決して「ダメ」とは言わないでいてくれる。そんな些細な部分だけで彼女の事を優しい人なのだと認識した俺はきっと見る目がないのか、騙されやすいのか、他人からそう言われると思う。けど、彼女のことだけは信じてもいいんだと、心から核心した。


これが俺と彼女の邂逅の事件(ものがたり)―――。


「そう言えば安楽椅子探偵って、椅子に座ったまま現場に行かずに謎を解くって奴っスよね?偽りじゃん」
『そんな天才は小説の中だけだ。そもそも私が広めた噂じゃないし、そんな風に言われているなんて君の口から聴かされるまで知らなかった』
「じゃあ誰が広めたんスかね?」
『ミステリー好きの奴じゃないか?』




捕捉すると小林と嶋田は同卒。小林は嶋田に片想い、その気持ちを利用して嶋田が小林に盗みを働かせていた。けれど嶋田が黄瀬に告白し、玉砕。それを知った小林は黄瀬に対する蓄積した妬みが爆発。そこに重なって黄瀬の怪我のことを本人から聴かされ盗難をエスカレートさせていった。もし疑われそうになったら嶋田に命令されて仕方なくという証拠を残していた上での発言と行動。という訳です。小林、不憫……だな。
さて、今回は邂逅事件でしたので緩い感じに仕上げましたが、次回作は人が……死にます。 //2017




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