61

「小川さんは、その、異質な存在です」
「は、はい…」
「自分の生活が一変して、元の居場所につながるものもなく、不安や恐怖は、ないんですか」

不安や恐怖はないのかと問う彼の方が、そんな感情で押しつぶされたような顔をしていた。奥村先生はすごく優秀で、頑張り屋さんで、優しく厳しくとても頼りになる人だけれど、やっぱり15歳なんだ。私がこんなことを思うこと自体が失礼な気がするけれど、奥村雪男は高校一年生で、高校一年生らしい思考も持っている。
きっと私の知らないところでも無理をして、頑張って、葛藤して、耐えて、色々苦労しているんだと思う。私に何かしてあげられることがあるとも思えないけれど、私がこの質問に答えることによって何か楽になれるのなら、私はぜひ、包み隠さずこたえてあげたい。
小さく唸り、少しだけ首を傾げた。言葉にしようとすると、意外にむずかしいものだ。

「ありますよ。いーっぱいある。突然知らない世界にきて、家族や友だちに会えなくて、悪魔だ祓魔師だ魔神だの非現実的なことを言われて、真っ暗な牢獄にいれられた気分になった。心細すぎて、心が弱すぎて、すぐにある人に依存した。何を考えても、自分は可哀想だなって、そんな結論にたどりつく」

嫌な思考回路だなあって、今の姿勢を崩し膝をかかえる。ある人とはもちろんネイガウスさんのことだ。早く誰かの何かでありたかった。そうじゃなきゃ自分は何なんだろうって、そんなことばかり考えるから。そんなの疲れるし気が滅入るからしたくないのに。

「私、奥村くんに嫉妬したこともあったんです」
「…え?」
「彼も、いや、私とは全然違うし比べるなんて間違っていることなのかもしれないけど、魔神の落胤だっていうのにさ、いつも笑顔で、勇敢に立ち向かっていって、きれいな、きれいな心を持っていて。それが私には羨ましくて妬ましくて悔しくて、その感情にも開き直っちゃって。彼と私は全然違うんだって、落ち込んで」

今は大切なお友達だったけれど、本当にどうでもいい存在だったときもあったのは確かだ。他人なんかのために傷つかないでってネイガウスさんに泣きついた時のことを思い出す。あの時は自分の黒い部分に、内心嫌気がさしていた。

「きっと奥村くんなら怖くないのって聞かれてもこんなに言葉ずらずら並べないんでしょうね。私が戦う理由なんて、自分勝手なもんですよ」

がっかりしました?と聞けば、奥村先生は静かに首を横に振った。笑っているけれど、その表情は私のために作っているものだろう。
だから、私は奥村先生の相談相手にはなれない。なれっこない。
私だってか弱いひとだから。

「大体、みんな気持ちを言葉にするのを躊躇いすぎだと思うんです。もっと素直に色々なことを伝えることができたなら、きっと、もっと笑顔になれるのに」
「…そうですね。本当、その通りだ」

2人で苦笑して、お互い頑張りましょうなんて言葉をかけあい、奥村先生は立ち上がった。もちろん彼が抱えているものは私には分からないけれど、あまり聞きたいという気持ちにはならなかった。興味がないという意味じゃない、本当に、ただ、それだけの意味。

「すみません、色々お話させてしまって」
「それは全然気にしなくていいですよ。喋りたいことをバーッと喋っただけなので。むしろ先生は疲れませんでしたか?すみません、私事ばかりで」
「頼んだのは僕なので…ありがとうございました」
「いえいえこちらこそ。今日は、楽しく気分転換しましょう」
「…そうですね。長居してすみませんでした。それでは、失礼します」

奥村先生が部屋を出て、しばらくしてやっと私は立ち上がった。けれどなんだか久々に立ち上がった気がしてあまり安定しなくて、でもいちにと足踏みをすればすぐに解消された。
ううむ、奥村先生と(若干一方的ではあるけれど)あんなにお話をするなんて思わなかった。内容は内容かもしれないけれど、言葉にして私もすっきりしたし、なんだか今日はいい日になりそうだ。