16

流血、残酷描写有




紅い月の日は、それはもう果てしない高揚に襲われる。
己が獣と化して、まるで最強にでもなったかのような、錯覚。
野獣のように瞳を光らせ、鋭い爪に似せた棒手裏剣を両手に沢山持ち、私は夜だというのに騒がしい城の塀を駆けていく。

ああ、ああ、最高だ。
四方八方から聞こえる断末魔や肉を裂く音も、そこら中に充満している血の臭いや死臭も、全てが興奮要素。
さあ、私は今、忍者をしている。
さあ、私は今から、殺人鬼へと化すのだ。


「ねえ、敵軍さん。私はやっぱり忍の方が性に合ってるのかな」
「ぐあっああああ!」
「いやいや、ぐあああ!じゃなくて。お嫁には行けないかもなあ」


一度に投げた手裏剣は全て私の前を逃げる忍に命中した。しかし全て急所は外してある。脚に三本当たったから、これでもう逃げることは不可能なはずだ。一発で逝かせてはあげない、私の残酷で、悪い癖だ。


「それで、密書はどこよ」
「俺みたいなっ…下っ端がっ、し、るものか…ッ!」
「ああ、そらそーだ。て、騙されるかよ」


ぐい、と倒れた忍の背中に刺さってある手裏剣を勢いよく踏みつけた。さっきよりも悲痛な叫び声が私の耳を突き抜ける。もっと哭けばいい。喚けばいい。それで私はもっと、血に染まることができる。


「吐け。そしたら命だけは、助けてやる」
「はっ、は、…っ西の、蔵の、地下だ…っ」
「そう、ありがとう。……この法螺吹き野郎」


ぐちょり
その忍の、脳天にクナイを突き刺した。びちゃっと自分の顔に血が付いたのがわかる。それを私は気にも止めずに、目の前の息絶えた忍の懐を探った。


「おお、みぃーっけ」


すまないね。お前が密書を持っていたことを、私は知っていたのだよ。ちゅ、と密書に接吻を落とすと、今度はその密書を自分の懐に入れ、私は城内にいる仲間に合図を送り、素早く城を去った。
今回の忍務は奪われた密書の奪還。意外と呆気なく、勝負はついた。





「…という夢を見たんだ」
「ああ、夢か」
「いやあ、あんな素晴らしいくの一に将来なるのかと思うと、土井先生に報告しなければと思って」
「無用な気遣いをどうもありがとう」


へらへらと笑う私に土井先生は呆れたようにため息をつき、テストの採点へと戻った。
ああ、平和な日常を感じる。


「土井先生」
「んー?」
「やっぱ私には、忍が合ってるよね」
「…さあ、なあ」


どうだろう。と呟いた土井先生から視線を外し、チチチと鳥の鳴く外を眺める。
空は青い。あの夢で見た、不気味な空じゃない。平凡で、平和で、のんびりしている。


「…夢、じゃないよ」


小さく、紡いだその言葉。
そう、本当は、本当はね、夢なんかじゃない。私は昨夜、人を殺した。授業ではなく、本物の忍務で。今でも手に感触が残ってる。ずっと、私に付きまとうように。再び土井先生を見ると、先生はいつの間にかこちらを向いていた。
先生の目と、私の視線が重なる。


「ああ、知っているよ」


妙に優しい声だった。ああ、夢ならどんなに良かっただろう。
私は本当に、獣のようだった。血の臭い、死に逝く者たちの叫び声。そして、忍装束に身を包み顔を隠せば、もう理性がさよならする。そして帰ってきて、血を洗い流している時に我に帰るんだ。
ああ、またやってしまった、と。


「なんか、受けなきゃ良かったなって」
「忍務を?」
「そう。だって任意じゃん。強制じゃないし」


くのたま忍たまの忍務は強制じゃない。だってまだプロでもないし。上級生になると、受けるか受けないか選べるんだ。途中で変更も可能だしね。


「自分も汚れちゃったなあ」
「そんなことないさ」
「本当〜?」
「じゃあ私はどうなる、私は」
「汚いんじゃない?」
「そんなことを言うのはこの口か!」
「いひゃい!いいい!」


ぎゅむう、と両方の頬っぺたをつねられる。痛くてバシバシと土井先生の肩を叩くと土井先生も痛かったのか、すぐに手を離してくれた。
お互いに痛むところを擦りながら、小さく唸る。


「痛いよ」
「私もだ」
「…土井先生」
「ん?」
「汚いなんて、ウソだよ」
「…。お前も、自分を汚れたとか言うなよ」
「…うん」


約束はできないけど。
そんな本心は、言わなかった。



(夢と現実)
昼は逃げる。夜は追う。