30

騒動後、私はまた医務室に足を運び富松の様子を見に行った。そこには三年生が集結していて、富松はまだボロボロと涙を流していて、悔しそうに歯を食いしばっていた。


「富松、大丈夫?」
「初子先輩…っ初子先輩…っ」
「うん。初子先輩だよ」
「うう…っ先輩!」


ごめんなさいと、富松は言った。最近謝られてばっかだな。心の中にそっと閉じ込めて、大丈夫、とだけ、私は涙の溢れる富松の目にそっと手を添えた。
ああ、今この子はどんな気持ちなんだろう。私にはわからないこと。でも、わかってあげなくてはいけないと、涙で湿る手のひらを感じながら、思った。


「先輩…っ俺…すっげぇ弱くて、カッコ悪くて、嫌な想像ばっかしちまって、イライラして、先輩にも当たっちまって!本当、情けなくて…」


うん、うん。富松の言いたいこと、伝えたいこと、ただ頷きながらもっと吐き出していいんだよと、頭を撫でて。私にできることはなんだろうと、私がしてあげられることはなんだろうと、そんなことばかり考えた。
心配そうに富松の様子を伺う神崎に、こらえるように富松の腫れた頬を治療する三反田に、無表情だけど怒っているのか、少し震えているように見える次屋に伊賀崎に。みんなそれぞれ何かを感じていて、それでもきっと思うことは似ているんだろう。
富松の最後の言葉に、全員が大きく頷いた。


「初子先輩…、先輩たちを、どうか取り戻してください…!!」


そしてどうか、あの天女を学園から消してください。
その中で私だけが頷けない。私だけが、止まっていた。
逃げるように医務室を後にし、私は自室へと戻った。
消してください。学園から、天女を消してください。きっと妖術は解けてみんなは正常になって、学園生活も元通り。
あの天女が、いなくなりさえすれば。


「あら、酷い顔」


ツユコはすでに部屋にいて、やっぱり早々にそんな傷つく一言を私にお見舞いしてくれた。


「ツユコ…」
「…しょうがないわね」


ほら、ツユコはこちらに体を向け、私に手を伸ばす。ツユコはとっても私の気持ちに敏感だ。私はもうすがるようにそれを手に取り、崩れるようにツユコに抱きついた。


「私だって、見てらんないの」
「うん」
「友達が腑抜けになってるとこも、後輩に殴りかかってるとこも」
「そうね」
「…私、殺しちゃうのかな」
「初子…」


ツユコの細く華奢な手が私の頭を撫でる。それだけで少し涙が出そうになった。どうしてか?そんなの、よくわからないけれど、暖かくて柔らかくて、綺麗で心地よくて、とても落ち着く。
目頭が熱くなるのを我慢して、その代わり大きなため息をついた。


「うまくいかないもんだねえ」
「当たり前じゃない。生きてるんだもの」


みんなが思っているよりも私ははるかに弱くて脆い。でもそんなのみんな知らなくていい。こんなみっともない私を知っているのはツユコだけで十分だ。私は強い。そう思われるのはとても光栄なことだ。だから後輩も私を頼ってくれている。私はわがままだ。知ってほしい。でも知らないで。気づいてほしい。でも気づかないで。


「純粋なままでいるのはすごく卑怯だよ」
「…そうね。そんな考え方もできるかもしれない」
「私、このままじゃ死ぬ」
「私はあなたに生きてほしいわ」


ぽんぽん、と赤ん坊をあやすように背中をたたかれる。だんだん眠気を感じてきたけれど、寝てしまうわけにもいかず、私はやっとツユコから離れた。
ツユコ、ツユコ、私はあんたが大好きだ。同室でよかった。本当によかった。


「落ち着いた」
「簡単に落ち着くのね」
「単純だからね。ありがとうツユコ。なんかさ、食満がさ、富松殴りかかっててさ」
「そうだったの…」
「木佐木が原因でね、富松と口論になったみたいで、それを知った食満が、どかんとね」
「やっちゃったわけね」


そう。と頷いてため息。あなたも大変ね、とツユコの言葉を苦い笑顔で返すしかない。
今回の騒動は、まだ終わってはいない。木佐木は富松に謝りに行ったは行ったみたいだけど私が富松のところへ行ったときにはもういなかったし、それにあの3年の様子じゃ仲直りなどしていないだろう。このケースがあと何件も続いたら。それは、もう悲しいとか苦しいとかそんなんじゃ終わらない。


「様子見?」
「したいところだけどこの状態を放っておくのもね…」
「でも今日はもう医務室に行って寝ていなさいな。お腹、痛むんでしょう?」


ぎくり。なぜバレた。怪我も完全に治ってないのにバカみたいに走ったり殴ったりするから、さっきから少し痛いのだ。はやく治したいならこれ以上の無理は禁物。でも顔には出さないようにしてたのに。


「ツユコはめざといなあ」
「…そりゃあ、初子限定でしょうけど」


気恥ずかしいが嬉しいことだ。思わずにやけてしまうとツユコは何が気に入らなかったのかさっさと医務室に行けと私を部屋から追い出した。照れ屋なのか。
さっきまでの気分が嘘だったように軽い足取りで医務室まで向かう。がらりと襖を開けるとむすっと不機嫌顔の数馬にお出迎えされて、その後は言わずもがな、傷口が開きかけているとこっぴどく怒られた。


(おもい)
おもたいカラダにおもたいおもい