かわいそうなおんなのはなし

可哀想な女の話をしよう。
それは巷ではちょっとばかし有名な、極悪非道と悪名高いツキヨタケ城に在籍している愚かなくノ一の話。

私はある任務のためツキヨタケ城に来ていた。ツキヨタケ城の忍として一時的に雇われたのだ。しかし、いくら多額の報酬を出されたとはいえ、依頼を受けたのは間違いだったかもしれない。
城の者はまるでみんな死んでいるような顔をしていた。真っ青で、背中がまがっていて、虚ろな目をしている。
さすがツキヨタケ城。城の中までも恐怖で支配をしている。
歯向かえば死、逃げ出すも死。一度ここに入ってしまっては、二度と生きては出られない、そんな噂がある。
死体が数多フラフラ歩いているような、そんな地獄のような光景が続き、今回共に仕事をする忍者隊の部屋まで案内してもらうと、それはもう、驚いたものだ。

「はじめまして!利吉くんね!私夜子っていうの」

よろしくね!と明るい笑顔。忍者隊といえど3名ばかりの小さな隊であったが、真ん中に立っていた、少女とも見て取れるようなくノ一が、手を差し出してきた。
警戒した。がしかし、どれだけ観察しても、その屈託のない笑顔と、武器すら忍ばせていないだろう薄い体を見れば、本当にただ私と挨拶がしたいだけなのだと察し、私はその手をとり、握る。
その女は私の顔をじっと見て、少し頬を赤らめると私の手を握り返してきた。
これが、私と夜子との出会い。
それはもう、驚いたものだ。
こんな城に何も知らないような子どもがいるとは思わなかった。両脇にいた忍も顔色は悪いものの笑顔を見せているし、さっきまでのあの城の雰囲気が、ここだけは、この部屋だけは漂っていなかったのだ。
結果的に、任務は成功したが、夜子は敵にまんまと見つかったり、欺かれたりと、大いに足を引っ張ってくれた。それを報告すると城主は酷く憤慨し、夜子を連れて奥の部屋へ乱暴に連れ込んだ。
その様子を見て城の一部のものは安堵をし、一部の者は狼狽えていた。
わけもわからずその場に突っ立っていると奥の部屋から鞭で叩くようなするどい音とともに、女性の悲鳴が聞こえた。
ひいいと城の中の誰もが耳を塞ぎ、その場へ蹲る。
異様だ。この城は、本当に異様だった。
すかさず天井裏にのぼり奥の部屋の様子を見る。
絶句した。
さきほどまでニコニコと笑っていた夜子が、彼女が、全裸の状態で城主に拷問を受けていたのだ。
馬用の鞭で、彼女を容赦なく叩き、蹴り飛ばしたていた。
最初こそ彼女は痛みに泣き、叫び、悶絶していたが次第にその力も弱くなる。
声も上げられないほどになったところで、城主はその拷問をやめた。

「いいか、次失敗したら、今度は火あぶりだぞ」

そういうとまた彼女を蹴り飛ばし、小さな声で彼女が「申し訳ございませんでした」と絞り出すと、そのまま這うようにその部屋を出ていった。
今でも、忘れるわけがない。
確かに彼女どんくさく、任務の足枷にはなったご、ここまでの折檻を受ける必要があるのだろうか。
しかもくノ一と言えど女性の体をこんなに、まるで玩具に八つ当たりをするかのような扱いをして。
しばらく奥の部屋に城主はのこり、くつくつと笑っていた。その顔は、まるで人ではない、恐ろしい化け物のそれだ。

「おおい、利吉をよべえ!!」

突然叫び、私は我に返ると皆がいるところまですぐさま戻る。
そこでは夜子が怪我の介抱をされていたが、意識はなかった。

「どうだ利吉。見ての通りうちの忍者隊は役立たずばかりでな。うちのものにならんか。金ははずむぞ」

城主との会話は、あまり覚えていないが、とにかく勧誘をされたのは記憶にある。
私はその頃、夜子のことが気がかりで、城主の話など耳に入っていなかった。もちろん、耳に入れる必要はなかったからだ。

「急ぐ必要はない。また、依頼をしよう」
「…え、ええ、機会があれば…では、失礼します」

部屋をあとにし、また元の場所へ戻ると夜子の意識は戻っていた。が、また私はその夜子の姿を見て驚いたのだ。
笑っていた。
何事も無かったように、笑っていた。
顔は腫れ、雑に着せられた装束の間からは真っ赤になった肌が見えた。だが、痛みすら感じられない、そんな表情で、夜子は、笑っていた。
そんな彼女の周りにも笑顔が溢れていたし、最初に見た地獄のような雰囲気は一切感じとれない。
彼女が、この城を明るくしている。死んだような目をしていたあいつも、こいつも、夜子の前では笑っている。

「あ、利吉くん!今日は私のせいで本当にすみませんでした!」
「もう、夜子ちゃんは今日"も"でしょ?」
「そうでした!あはは…私って、めさんこ弱いんですよお」

だから城主様にたっぷり叱られてしまいました!と明るく言う彼女に、恐怖すら感じる。
どうして笑えるのか、どうして明るくいられるのか、私には分からない。

「でも、今日は利吉くんのおかげで随分任務が早く終わったし、お仕置きも少しで終わったから、本当にありがとうございました!」

少し。さっきの、あれが、少しだというのか。
その言葉が紛れもなく本当だということを私は後日知ることになる。
夜子にありがとうと手を握られて、キラキラと輝く瞳が私を捉える。

「今度良かったら、上手な心臓の貫き方おしえてくださいね!」

言ってることは物騒であるが。
そうして、らしくもなく困惑したまま城をあとにし、私はそのまま自宅へ帰った。
しかし考えるのは、彼女のことばかり。
夜子のあの痛々しい姿と、対象的な笑顔を、酷いってものじゃないドジ加減と。
軽く任務に支障がでるくらいには、私は、彼女のことを考えていた。

それから、何度かツキヨタケ城での任務を受け、その度に夜子に足を引っ張られたものだが、なんとか任務を遂行することはできていた。しかしその度に夜子は城主に呼ばれ、ひどい折檻を受けていた。いや、折檻ではない。あれはもはや、拷問だ。

「利吉、お前、夜子をどう思う」

私は必ずそのあと城主に呼ばれ酒を酌み交わしていた。私も、随分と気に入られたものだ。ここに来るのは、あれが最初で最後と思っていたのに。

「失礼ながら彼女は、忍としてはあまりにも…」
「使えないだろう」
「…。」
「良い。だからあいつは忍者隊にいれている。いいか、あいつはな、死なぬのだ」

酒をあおる手が止まった。対象的に城主は際限なく呑み続け、いつになく饒舌で、話さなくてもいいことまで、話してしまいそうだ。

「死なぬとはどういう?」
「なに、本当に死ぬという意味ではない。あいつはな、すぐに恐怖と痛みに屈するくせに、ひと眠りすればそれをすっかり忘れてしまう。他の雑兵の顔を見たか?あやつらはもう死んでいるも同然だ」

なのに、夜子は私を恐れるどころか私に対して恩義まで感じている。まったくもっておもしろい。
そう、本当に愉快そうに喋っていた。いくら傷つけ、恐怖を与えても、夜子は次の日には城主をまるで父を見るようなそんな目で見てくるのだそうだ。
そうだ!と突然、城主が勢いよく盃を床に置いた。そしてまた面白そうに目を細くし、気味が悪いほど口角をあげた。

「利吉よ、夜子を女にしてくれないか」
「…は、」

つい、言葉を失う。あまりにも突然で、なんと返事をしたものかと、脳内が一瞬白くなった。

「い、いやそれは」
「あやつは16にもなって未だ生娘だ。利吉、お前も確か16だったろう。ちょうどいいではないか」
「いえ私は」
「今夜は泊まっていくといい!」

パン!と両手をひとたたき。
控えていた使用人がバタバタと動き出し、私を迎える準備を行う。
早くしねえか!と城主の怒号が飛ぶたびに一同が縮み上がり、よりバタバタとうるさく動き回る。
断れるような雰囲気ではなかった。私が「帰る」とそう一言言えば、気を悪くした城主がこの場の誰かを殺す。そんな気さえした。
一晩くらいなら、明日は休みだしと思い、用意された部屋まで私は向かった。

「あ、利吉くん!今夜はよろしく!」

その部屋にへらへらと笑う夜子が寝巻きの状態で、布団の上に座っていた。
思わず足の力が抜け転げそうになったのを、なんとか踏みとどまった。

「夜子さん、なぜここに」
「城主様が利吉くんの夜伽をせよと!」
「い、いや!必要ありません!どうぞ自室へ戻ってください!」
「でも…」
「本当に!かまいませんから!」
「そ、う…。じゃあ、部屋を出たのを見られるとまた怒られちゃうから、ここにいるだけでも、許してもらえないかな」

絶対に、近づかないし、絶対に、声を出さないし、絶対に、音を立てないから、どうか
布団から離れ、部屋の奥の壁にぴっとりとくっつくと、夜子は静かに頭を下げた。
しまったと、私は心の中で自分を責める。
きっとここで私は無理やり夜子を追い出すようなマネをすれば、それが城主にバレ夜子は折檻を受ける。なぜ気が付かなかったのか。

「わかりました。頭をあげてください」
「!ありがとう!」

よかったあ!と両手をあわせ、心の底から安堵したように笑う。
なんて可哀想な人だろうか。城主の玩具にされ人間としての扱いを受けていないのに、こんなにも純粋で、幸せそうな顔をする。
でもそれは決して強さではない。現実から目を背けているだけの、弱さだ。思考することもできない、浅はかな人間。なんて可哀想な人だろうか。

「私、利吉くんのこと本当に尊敬しているの。すごく強いし、仕事も素早いし、か、かっこいいし…。慕っ……あ、憧れてます!!」

ぎゅっと目をつぶり、突然何を言うかと思えば。
柄にもなく顔が熱くなり、目頭をおさえる。ため息をつけば夜子は傷ついた声で、私に謝罪した。

「いえ、突然すぎて、驚きました」
「す、すみません…。私思ったことはすぐ口に出てしまって」
「私のことを恋い慕っていると」

私よりも何倍も、茹で上がったタコのように夜子は頬を赤く染めた。
その姿に愛らしさを感じてしまうのは、夜、寝室に二人で並んでいるからだろうか。

「あ、あの…」
「はい」
「助平な女でごめんなさい!」

ガチン、と歯が当たる。少し痛かったが、しかしお構いなしに夜子は私の唇に自分の唇をあてた。ああ、こんな積極性もあったのか。
私もぐっと夜子の肩を抱き、いや、その先の説明は割愛するとしよう。
しかし背中には大きな傷が、腿には焼印の跡が、鬱血した腹が、四肢が、夜でなければ、私も燃えることはできなかったかもしれない。あまりにも生々しい傷だらけの体は、本当に、見るに堪えないのだ。
その日を境に、夜子はより私に懐いた。利吉くん、利吉くんと私の名前を呼び後ろをついてくる様は満更でもなかったが、数ヶ月後、とある任務をきっかけに、私は夜子から恨まれることになる。それは面白いくらいに夜子の私に対する印象を変えた。

「この鼻くそ野郎私の目の前に現れんじゃねー!」

この変わりようだ。ことある事に私に悪態をつき殴りかかろうとしてくる。他の仲間もそれには驚いていたようだった。
そうした状況がしばらく続き、夜子は任務で今まで以上に大きな失敗をする。
フォローもできず任務は失敗。城へ帰ると城主の怒号。そしていつものように、夜子が奥の部屋へ連れていかれると思ったら。
私たちが集まっていた大部屋に用意されたのは大きな釜。水がたくさん入っている。
そこに城主は夜子の髪を鷲掴むと、その釜に、夜子の頭をぶちこんだ。

「お前らも見るがいい!こいつが水の中で何秒息をとめられると思う!!賭けようじゃないか!!」

その場にいた何人かは目を逸らし、何人かは顔を青ざめさせ、何人かは城主の機嫌をとるためにはやし立てた。
夜子は手足をばたつかせなんとか水釜から顔をあげようとするが、男の力で押さえつけられては逃げようもなく。数分か、数十秒か経った頃、夜子の動きか突然ピタリと止まった。

「城主!もうよいでしょう!」

私は思わず声を荒らげ、水釜から夜子をあげた。赤黒く染まった顔。息をしていない。水を吐かせなければ、死ぬ。
人工呼吸や心臓マッサージを繰り返し、その様子を見て何人か駆け寄り手を貸してくれたが、それを見て城主は面白くなさそうに、その部屋を去っていった。
応急処置を繰り返し、なんとか夜子は息を吹き返した。
意識が朦朧としている。そんな夜子の姿を見て、同じ忍者隊の男が、呟いた。

「夜子を、この城から逃がそう」

そうして企てられたのが【忍術学園攻城計画】。もちろん発案は私。忍術学園という大きな組織のことを城主に吹き込み、ターゲットにさせる。戦自体に城主が出向く訳では無いので、計画は立てやすかった。生徒にはもちろん秘密だが、教師陣には密告済み。夜子の存在を知らせた。
そう、全ては仕組まれたこと。
あとはいつものように夜子を捨ておけばいいのだ。
そして夜子が死んだと城主に言えばいい。そうすれば、夜子はいつまでもここで生きてゆける。
なのに、

「私が、城主様を殺したの…?」

こいつは城主のために泣くんだ。こいつはまだ目が覚めていない。城主の呪いにかかっている。

「それは違う。奴は死んで当然だった」

腹が立つ。あんな仕打ちをされておいて、未だにこいつは城主に恩義を感じている。なのに私は一度騙した程度で嫌われ者だ。この差は一体なんだ。
私に好意を抱いていたはずだ。私もそれに応えていた。
夜子と一緒だった任務は大変だったがいつも私は夜子のフォローをしていた。見捨てないのは、夜子のことを大切に思っていたからだ。
なのに、お前は。お前は違うというのか。

「私、あんたのこと、大嫌いだ」

ああなんて、城主にいつまでもとらわれて思考のできない浅はかな女だ。
気がついているだろう。自分が忍として求められていないことに、気がついていて、それを認めようとしない哀れな女だ。
城主に拾われたばかりに、自由を奪われ、傷つけられ、恐怖という感情に蓋をするしか生きる術のなかった、可哀想な女だ。

「私はお前のことを、恋い慕っているというのに」

夜子の腹を貫こうとした刀は模造刀。思い切り突き立てれば痛いし少しくらいは刺さるが、死ぬほどではない。
しかし本当に自害したと思い込んでいるマヌケはまんまと意識を失い倒れている。
白目をむいたその顔は笑うことも出来ないほどのあほ面だ。瞼をおろし、はだけた衣類を綺麗になおす。
いつから風呂に入ってないのだろうか、少しベタついた髪を、なでた。


(可哀想な女の話)